2.出会い
こんな路地裏にまで追い込まれてしまった。
どれくらい走ったかしら、心臓が痛い。足も痛い。
なんでわたくしがこんな目にあっているの。
ただお父様のお見舞いに行くだけのはずだったのに。
やっぱり北エリアなんかに来るんじゃなかった。
中央にも病院はあるのに、北エリアの医者がいいだなんてわざわざこっちに来るなんて……
総資産500億ドルのブレイズカンパニー総帥の娘であるわたくし。
このエラ・ブレイズフォードの父親とは思えないほど愚かですわ。
「お嬢さ~ん、どこまでいくの~??」
「そのきれいな髪の毛、ぺろぺろさせてよ~ん」
下品な笑い声をあげながら下種がわたくしの腕をつかんだ。
触れられた所から虫唾が走る。反射的に下種の顔をひっぱたいてしまった。
「痛って~、これ鼻折れちゃった」
「あ~あ嬢ちゃん、やっちゃったねぇ?これ、ショーガイ罪だよ~??」
「あら、散らかっていたお顔をより美しくして差し上げただけですわ。その短い髪によくお似合いですわよ?」
「てめぇ……髪がなげぇからってチョーシこいてんじゃねぇぞぉ!!」
下種が拳を振り上げる。
私は目をつぶって衝撃に耐えようと力を入れた。
でも、来ると思っていた衝撃は来ず、代わりに心底めんどくさがっている声色の男が割って入った。
「あっちゃ~……ガチトラブルじゃん。どうすっかな……」
黒いキャップを目深にかぶり、黄色いパーカーを着た青年がこちらを見ていた。
「おい兄ちゃん、痛い目見たくなきゃ回れ右してとっとと帰んな!」
「いや待て、先に有り金全部おいてけや!」
下種が青年を恫喝する。わたくしは助かったと思ってしまった自分を恥じた。
ノブレス・オブリージュ。
こいつらはわたくしの髪が目的、ならばこの青年は逃すことができるかもしれない。
高貴なわたくしは後からどうとでもできる。きっと髪を生やすことだって……
恐る恐る青年が財布を取り出した。それをひったくるようにして奪った下種が、ニヤニヤと笑みを浮かべて財布を開く。
ポフッ!!!
軽い、クラッカーのような音が鳴り、財布から紙吹雪と蛇腹の紙バネが飛び出した。
わたくしも含め、呆気にとられた瞬間に青年に抱きかかえられる。
「しっかりつかまってて」
路地裏をスルスルと通り抜けるように駆けて、あっという間に下種を巻いてしまった。
気が付いたらお父様の病院の裏口。
安心したわたくしは改めて、青年を見る。
「あの程度、わたくしだけでも問題ございませんでしたが一応、礼を申し上げますわ」
「あぁ、いや。言葉だけじゃなくて行動で示してくれると助かる」
結局こいつもですのね。
期待はしておりませんでしたが、なぜか沈んでしまった気持ちに蓋をして答える。
「いくら欲しいんですの?お値段によってはこの場でお支払いいたしますわ」
「金ももらえれば嬉しいが、十分くらい時間あるか?」
「ナンパですの?品のないお誘いには乗りませんわ!」
「違うっての!……あ!クラブ先生、こちらご注文の品です!」
青年が病院の裏口でタバコを吸っていた白衣の老人に呼びかけて、箱のようなカバンからバーガーショップの紙袋を取り出す。
「ハコスくぅ~ん、遅すぎるよ!何時間かかってるんだ!金は出さんぞ!」
「それが理由がございまして……ほら嬢ちゃん、お客さんにさっきのこと説明して!」
「君は?ハコス君の知り合いかね?」
「え……?わたくしは、違くて……あの、えっと……」
路地裏で起こったことを医師に伝えて、不本意ながら彼に助けられたことを伝える。
不機嫌そうな険しい顔が徐々にほぐれ、ほほえましそうな表情に変わった。
「いやぁ、そんなことがあったのか!なら仕方ない。むしろ正義感あふれる若者であってくれて誇らしい!チップは弾むよ!」
「ありがとうございます!!」
商品を受け取り、ニコニコ顔で青年にお札を渡す。
「ところでそちらのお嬢さん、もしかしてブレイズフォード卿のお嬢さんではないか?」
「は、はい。申し遅れました……わたくしエラ・ブレイズフォードと申します」
青年はあんぐりと口を開けて驚く。
「あーー……先ほどはとんだご無礼を…………申し訳ございませんでしたっっっ!!!」
キャップを取って、のぞいた髪は見たこともない深緑にピンクのメッシュが入っていた。
耳に掛かるくらいのべたついた髪を地面につけ頭を伏せたこの青年、確かハコスだったかしら。
この時わたくしは、おもしろい玩具を見つけただけに思ってましたわ。
まさか後に、彼があんなことを起こすなんて夢にも思っていませんでしたもの。
ハコスの狡いところですね、意図的に勘違いさせようとしてます。
医者:1時間近く遅れた理由がお嬢さんを助けたからだと思っている
お嬢:10分ほど遅れた理由だと思って説明している




