初めてのお茶会と幼馴染。
季節は春。
庭園は、花でできた絨毯のようだった。
淡い桃色、透き通る白、若葉のやわらかな緑。
陽射しは柔らかく、甘い香りを含んだ風が頬を撫でていく。
ここが“社交界”。
言葉は優雅でも、視線は鋭い。
あの日、絶望の淵から掬い上げられた私は。
この世界の「リナ」として、完璧に振る舞うと決めた。
両親が叩き込んでくれた教養とマナー。
歩幅。指先の角度。視線の落とし方。
微笑みは三秒。
いざ、戦場へ。
見た目は可憐な美少女。
中身は、終電と上司と納期を渡り歩いてきた元OL。
対応スキル、発動。
カップを持つ手は優雅に。
相槌は一拍置いて。
笑うときは控えめに。
「まあ、なんて素晴らしいお嬢様」
母が褒められている。
内心、拳を握りしめる。
よし。
偽物だなんて、まだバレていない。
年の近い令嬢たちと、流行の刺繍や新作の香水の話題で盛り上がる。
言葉を選び、笑顔を添え、空気を読む。
案外、いけるかもしれない。
この世界でも。
そう思いかけた、その時。
「リナ! やっと……やっと回復したのか!」
弾む声。
振り向く。
春の光を受けて、銀色の髪がさらりと揺れた。
紫の瞳。
澄んだ色なのに、底に深いものを抱えている。
整った顔立ちに、隠しきれない安堵が滲んでいた。
近づく足取りは、迷いがない。
「あ……えっと、初めまして……?」
その瞬間。
彼の時間が止まった。
紫の瞳が、ほんのわずかに揺れる。
一呼吸。
「……そうか。本当に、記憶喪失なんだね」
落ちた声は、静かだった。
騒がず、責めず。
ただ、事実を受け入れるように。
「ルシアンだ。リナ、君の幼馴染だよ」
幼馴染、いたかー。
そりゃそうだ。
この顔面レベルなら標準装備だよね。
逃げ場、なし。
「幼馴染、さん……その、また仲良くしてくれますか?」
慎重に。
でも明るく。
彼は、まっすぐに私を見る。
「僕のこと……本当に、何も覚えてないの?」
その問いは、優しいのに鋭い。
胸の奥が、ちくりと痛む。
「ごめんなさい……」
伏せた視線の向こうで、空気が張り詰める。
一拍。
長い一拍。
やがて。
彼は、あまりにも綺麗な笑みを浮かべた。
春の光に溶けるような、完璧な笑み。
「いいよ。じゃあ、思い出せるように、これからいっぱい一緒にいよう。ね?」
やわらかい声。
穏やかな提案。
中身が入れ替わってるから、一生思い出せないんだけど。
それは言えない。
ここで拒否は、不自然。
快諾、一択。
「うん! ありがとう、ルシアンくん」
彼の瞳が、ほんの少しだけ細められる。
その奥に、一瞬だけ。
何かが、沈んだ気がした。
――それが、始まりだった。
その日から。
ルシアンは当然のように、我が家へ通うようになった。
春の庭を抜けて。
迷いなく。
まるで、ずっとそこにいたかのように。




