許可していない行動。
「貴様、接触しろと誰が命じた?」
低く、極限まで抑えられた声。
だが、その静けさこそが死に直結する毒であることを、目の前の男は本能で理解しているだろうか。
「……申し訳ございません」
地面に膝をつき、湿った土に額を伏せる黒髪の男。
街で偶然を装い、俺のリナへ不躾に接触したこの男は、あの日、俺自身が放った隠密の一人だ。
湖畔での視認、そして街での接触。
手元に届けられた報告書には、看過できない余計な一文が紛れ込んでいた。
――“個人的な判断により、接触を試みました”。
「命じた覚えはない。貴様に与えられた役割は『観測』だ」
静かに告げると、男の肩がわずかに、だが明確に震えた。
「……お許しください。ですが、この心根は本物です。あの清らかなリナ様を、より近くでお守りできる環境に身を置きたいと……」
その言葉が耳に届いた瞬間、胸の奥で何かが冷たく軋んだ。
心根? 守る?
不快だ。反吐が出る。
「貴様が、か?」
ゆっくりと、獲物を追い詰める歩調で歩み寄る。
男は顔を上げない。上げられるはずがない。
闇に潜み、影として生きるべき者が、あろうことか表舞台へ出ようとする。
その傲慢、その不敬。
影は、影として死ね。
彼女の視界に映ることなど、万に一つも望むな。
「『偶然』は、俺が許可していない」
その瞬間、周囲の空気が絶対零度まで凍りついた。
彼女を守るのは、俺だ。
観測するのも、記録するのも、管理するのも。
そして彼女の周囲に群がる不浄を排除するのも。
すべては俺だけの特権だ。
「二度と、リナに近づくな」
それだけを告げる。怒号は不要だ。
ただ、世界の理を書き換えるかのような「決定事項」として突きつける。
隠密の喉が、ひくりと短く鳴った。
「……はっ。御意に」
それでいい。
貴様に感情など不要だ。
ただ、俺という支配者への絶対的な忠誠だけを差し出せばいい。
リナはまだ、自分が何を引き寄せているのかを理解していない。
不安定な魂の揺らぎが周囲を狂わせ、闇に灯る光に群がる羽虫のように男たちを無自覚に誘い寄せてしまうことも。
だからこそ、俺が彼女の周囲に誰にも越えられない境界線を引く。
許可していない行動は、二度とするな。
もし次があるとするならば――その時は、魂の欠片も残さず排除する。
夜風がざわざわと木々を揺らす。
静かな闇の中で、俺だけがはっきりと理解していた。
この世に「偶然」などという甘い事象は存在しない。
存在するのは、ただ一つ。
管理の甘さという名の「瑕疵」だけだ。




