誘ってくれなかったピクニック。
いつものようにリナの邸へ赴く準備をしていると、執事が一通の簡素な手紙を届けてきた。
『本日は両親と、湖畔へ。』
綴られていたのは、それだけの言葉。
――俺は誘われていない。
彼女を生涯守ると、あの日、神にではなく自分自身に誓ったはずだった。
馬車の扉を蹴破り、絶望から彼女を奪い返したあの日。
腕の中で震えていた彼女の熱を、俺は今でも鮮明に覚えている。
それなのに、今日の彼女の視界の中に、俺はいない。
「……リナ様の体調は極めて安定しているとの報告です」
別枠で放っておいた隠密からの報告は、淡々としている。
湖畔で彼女が笑っていたこと。
まるで楽園の主のように、小動物たちが彼女に跪いたこと。
そして、現れた鹿を父親が夕飯の食材として仕留めたこと。
「……は? 鹿?」
しっかり夕飯のメインディッシュにされたそうだ。鴨までも。
俺はゆっくりと椅子に深くもたれかかった。
動物が彼女に惹き寄せられた。
それは魔力の漏出か、あるいは異質な魂が放つ特有の共鳴現象か。
いずれにせよ、彼女という存在が周囲の生態系を狂わせ、
無自覚に何かを引き寄せている事実に変わりはない。
「……誰か、近づいた者はいないのか」
「ご両親と数名の侍女、そして護衛の騎士たちのみにございます」
本当にそうか?
湖畔は開けた場所だ。
だが同時に、視線を遮る木立も多い。
不敬な輩が“偶然”を装って近づける死角は、いくらでも存在する。
胸の奥に、泥のような不快感が沈殿していく。
俺は呼ばれなかった。
あれほど声高に守ると宣言したのに、彼女は俺のいない場所で平然と笑っていた。
それは、喜ばしいことだ。
平時であれば、婚約者の健やかな笑顔を愛でるべきだろう。
だが。
俺のあずかり知らぬ場所で、
俺の手を借りずに彼女が安らぎを得ているという事実が、どうしてこうも癪に障るのか。
「……次回からは、例外なく俺が同行する」
漏れ出た声は、自分でも驚くほど静かに冷えていた。
護衛として、あるいは婚約者として。
理由はいくらでも捏造できる。
彼女の魂は、まだこの世界の理に馴染んでいない。
今日の“動物の集結”が何らかの異常な兆候であるならば、一刻の猶予も許されない。
――だから。
俺が観測する。
俺が記録する。
俺が、彼女のすべてを管理する。
すべては彼女の安全のため。
彼女という存在を、この世界に繋ぎ止めておくための、最善かつ唯一の手段だ。
それ以外に、他意などあるはずがない。
窓の外、遠く湖の方角を見やる。風が吹いた。
もしも。
もしもあの場に、俺の知らない視線が一つでも混じっていたとしたら。
俺の目の届かない場所で、誰かが彼女に触れようとしていたのだとしたら。
俺は――。




