被験者になりました。
目を覚ましてから数日。
私は依然として「絶対安静」という名の軟禁生活を強いられ、ふかふかのベッドの上で文明の利器ならぬ魔法の恩恵を受けて過ごしている。
窓から差し込む柔らかな光。静まり返った室内。
……けれど、部屋の空気はお通夜の後のように重く張り詰めていた。
「肉体の成長が止まっている。魔力量が器に馴染む時間が、圧倒的に足りていない」
父の低い声が静かに響く。
「大丈夫よ。リナはずっと私たちと一緒よ。どこへも行かせないわ」
母は私の手を握り、縋るように微笑む。
なるほど。要するに、私の魂は「リナの身体」という中古物件に入居はしたものの、契約書類が未完成。何かの拍子に「はい、強制退去」と弾き出される可能性がある、ということか。
……それって、死亡フラグどころか、足元に奈落が常設されている状態では?
「それは……どうしたら、生きられるの?」
父は苦しげに目を閉じた。
「魂に直接触れる魔術系統は、この国では禁忌――禁術にあたる」
ああ、なるほど。
そこに手を出せば、家系図ごと歴史から消されるやつだ。
私は小さく息を吸い込む。
もし本当に残り時間が限られているなら、せめて前世でできなかった親孝行の真似事くらいはしたい。
「わかりました。では、少しでもお父さまとお母さまに恩返しをさせてくださいね」
精一杯の聖女スマイル。
その瞬間、母は崩れ落ちるように号泣し、父は耐えかねたように瞳を伏せた。
……あれ?
今、私、特大の死亡フラグを建築してない?
「あ、違うの! もっと明るい話!
一緒にお出かけとかしたいです!
ピクニックとか!」
慌てて軌道修正。
「……ああ。週末は湖畔へ行こうか」
「はい! 楽しみにしてます!」
よし、フラグは折った。たぶん。
コンコン、と軽いノック。
「リナ。今日の体調はどうだ?」
現れたのは、ルシアン。
「もうすっかり元気だよ。みんな心配性すぎ」
ルシアンの眉が、不自然なほどきゅっと寄る。
「俺だって心配した。……約束は守る」
約束?
そう思った瞬間、彼の懐からどす黒く光る小瓶が現れた。
「まずはこれを、今すぐ飲め」
……え。
「何それ。煙とか出ないよね?」
「我が家秘伝の強壮剤だ。リナ専用で成分を、僕が再調整した」
目が妙に輝いている。
すごい色。そして蓋を開けた瞬間に漂う、えげつない匂い。
勇気が足りない。
「後で飲むよ」
嘘です。後で処分する予定です。
「後で捨てようとか思ってるだろ」
ぎくり。
「いいから飲め。これは君のためだ」
「今は元気だから大丈夫で――」
「黙れ」
次の瞬間、後頭部を固定され、無理やり流し込まれた。
ぎゃー!!!
……あれ? ほんのり甘い。身体の奥が、じんわりと温まる。
「毒じゃなかった」
「お前ッ! 俺をなんだと思ってるんだ!」
ひとしきり騒いだあと、私は両手を上げた。
「わかったわよ! これからはルシアンの持ってきたものは飲むし食べるし、従えばいいんでしょ!」
ルシアンは深く頷く。
「そうだ。全部、リナが元気になるためだ」
そして分厚いノートを取り出し、凄まじい勢いで記録を始める。
「痛みは?」
「ない」
「脈拍は……微増。魔力循環は?」
「生きてるよ!」
……あれ?
これ、婚約者というより研究者と被験者では?
真剣な眼差し。
爪先から髪の毛まで観察する視線。
笑っているのに、その奥に冗談は一切ない。
それからというもの、彼は毎日のように様々なポーションや魔道具を持参しては、
試し、記録し、分析し始めた。
「守る」という言葉は、いつの間にか「観測」に変わり、「管理」へと進み、
そして静かに「逃がさない」へと姿を変えつつあった。
そのことに、私はまだ気づいていなかった。
快適なベッドと美味しいおやつに、うっかり釣られたままで。




