第4話 【 星七《せな》 】
「……誰?」
赤い短髪の男は、にやりと笑う。
耳と唇のピアスが、病室の蛍光灯を反射する。
「天羽美佑。覚えなくていい。姉以外の女に名前を覚えられたくないからな」
初対面なのに、失礼だろ。
このシスコン野郎野郎
「で、何しに来たの」
「忠告」
美佑は壁に寄りかかり、腕を組む。
「星七はさっき死んだ」
空気が止まった。
「……え?どういう――」
「記録上ではな。おそらく他の看護師に聞いても、そう言われるだろう」
頭が理解を拒否する。
「何言ってるの……だって、さっきまで――」
「病室、見てきな」
心臓が嫌な音を立てる。
美佑を押しのけ、病室を見に行く。
「星七ちゃ――」
空だった。
ベッドも、椅子も机も。
何もなかった。
「あぁ、可哀想よね。まだ小さいのに。
様態が急変したとかで――ちょっと!病院内は走らないで!」
看護師の言葉に耳を貸さなかった。
何も聞きたくない。
そんなことはない。だって、さっきまで、さっきまで――
「おい、落ち着けって」
美佑が私の腕を掴む。
「言っただろ。”記録上では”って。
実際には死んでいない。だから落ち着け」
美佑は淡々と言う。
喉が、焼けるように熱い。
「どこに…いるの」
「おそらく、序列実験施設だろうな」
その単語に、胸がざわつく。
「序列……?」
「オルフェウスの巫女候補管理区間だ」
静かに、美佑は続ける。
「あの子は――星七は、人じゃない」
鼓動が、強くなる。
「そんなことない!星七ちゃんは人間だ!
どこから見ても、人間だった!!」
私は叫ぶ。
「……残念だが、あの子はクローン体だ。
リエラが作りだした、エウリュディケ原体の複製個体だ」
思考が追いつかない。
「嘘だ…そんなの嘘だよ!!」
「嘘じゃない」
「嘘だ!!」
叫んだ。
腹の底から声を出した。
すべてをかき消すように。
「嘘じゃない。証拠ならいくらでもある」
美佑の目は、冷たい。
「元の個体は処分済みだがな。アイツは自我が強すぎた」
処分。
殺された、ということだ。
足元が揺れる。
「怒るのは後にしろ」
美佑が低く言う。
「これは餌だ。お前をおびき出すためのな」
その瞬間、病院の電気が落ちた。
闇。
そして、あの時の歌が流れる。
優しくて、温かくて、吐き気がするほどの柔らかい旋律。
「こんばんは、詩織ちゃん。
それと、裏切り者の魔術師さん」
闇の中に、リエラの声。
「はっ、バレてたってわけか」
「バレバレよぉ。だって、殺気むき出しなんだもん」
リエラが笑う。
「そうそう詩織ちゃん。あの子の訃報は届いたかしら」
「……返せ」
自然と声が漏れた。
「星七ちゃんを返せ!!」
「返すぅ?」
くすり、と笑う。
「元々、私のものよぉ?」
怒りが視界を赤く染める。
胸の奥が、共鳴を始める。
「落ち着け」
美佑の手が肩を掴む。
「まだだ」
「でも……!」
「今のお前は、アイツと同じだ」
その一言が、刺さる。
リエラの歌が強まる。
「悲しいでしょ?」
「怒ってるでしょ?」
「だから、歌うの」
足元から光が立ち上がる。
止められない。
歌が溢れそうになる。
「……違う」
私は息を吸う。
怒りじゃない。
取り戻すために。
白と青のアーマーが顕現する。
同時に、美佑が低く唱える。
「Laevateinn,
flame untamed,
Write the end in heaven’s name,
Burn — and make the stars the same.」
赤い魔法陣が床に展開される。
歌と詠唱が重なる。
「あらぁ。あなたも戦うのぉ?」
「当たり前だ。お前は、お前らは最初から俺の敵だ」
美佑は冷たく言う。
空間が歪む。
リエラの歌が、感情を揺らす。
悲しみ、喪失、孤独。
「さぁ、さあさあさあさあ!どうするのかしらぁ!」
――私、歌うの嫌いじゃないの
星七の笑顔が浮かぶ。
「私は……私は!!」
歌う。
今度は怒りじゃない。
連れて帰るための旋律。
美佑の詠唱が、音の干渉を削り取る。
リエラの歌が乱れる。
「歌うのね」
「私はもう、誰も失いたくない!」
共鳴が爆ぜる。
病室の壁がひび割れる。
リエラの姿が揺らぐ。
「今日はこ・こ・ま・で」
微笑み。
「星七ちゃんは、生きてるわぁ」
心臓が跳ねる。
「でも、次に会うときはどうかしらねぇ」
歌が消え、電気がつく。
アーマーが解ける。
私は膝をつく。
「……星七ちゃん」
「立て、ヤツのところに行くぞ」
美佑は冷静に言う。
「星七ちゃんは……クローンなんだよね」
「あぁ」
「でも」
喉が震える。
「それでも、あの瞬間だけは人間だった……人間だったんだ!!」
美佑が少しだけ目を細める。
「……姉さんと、同じことを言うんだな」
沈黙。
「わかった。助けに行く」
私は立ち上がる。
「序列実験施設、案内して」
美佑は、ふっと笑う。
「感情に出過ぎだ、バカ」
でも、その声は少しだけ柔らかい。
「来いよ、”聖人殺し”」
その呼び名に、眉をひそめる。
「名前で呼んでよ」
私はぼそっと言う。
星七は生きてる。
たとえ作られた存在でも、
あの子には選ぶ権利がある。
私は、もう迷わない。




