第4話 【 歌う理由 】
白い天井だった。
目を開けた瞬間、最初にそう思った。
医療用の簡易ベッド。消毒の匂い。どこか遠くで、機械音が一定のリズムを刻んでいる。
あの後、私は意識を失ったようだ。
息を吸うと、少しだけ苦しい。
「……起き…た?」
声の方を見ると、椅子に座った少女がこちらを見ていた。
あの時助けた少女だ。
白い毛布にくるまっている。
首元には、赤い痕が残っていた。
「……無理に起きなくて…いい…よ?」
そう言って、彼女は少し笑った。
ぎこちないけれど、ちゃんと”自分の意志”で浮かべた笑顔だ。
「ここ、どこ?」
「病院だよ。
……本当はもう一人いたんだけど」
もう一人、誰だろ。
私は疑問に思いながらも、身体をゆっくりと起こす。
「……ねえ、君の名前を聞いてもいいかな」
少女は一瞬、迷った。
「それは……また、今度…ね?」
その答えに、私は頷いた。
無理に聞くことでもない。
「じゃあ、また今度教えてね」
「……うん」
沈黙。
けれど、居心地は悪くなかった。
突然少女が、ぽつりと呟いた。
「私……歌うことは、嫌いじゃない…の」
胸の奥が、きゅっと縮む。
「……でも」
「歌う”理由”を、選ばせてもらえなかったの」
それだけで、全部伝わった。
私たちは似ている。
でも、同じじゃない。
私は歌うことを選んだ。
でも、この子はその選択すらさせてもらえなかった。
「……もう、無理に歌わなくても…いいんだ」
そう言って、少女は笑う。
ぴ、と短い電子音。
壁に設置されたモニターが、一斉にノイズを走らせる。
「通信……?」
次の瞬間、歌が流れた。
優しくて、温かくて、
子守歌のような、そんな歌だった。
「こんにちは、或いはこんばんは、かな?」
モニターの向こう、ノイズが形を結ぶ。
やがて、ひとりの女性の姿が浮かび上がった。
黒い長髪。
白い肌。
まるで、天女のような姿だ。
「体調はどうかな?」
モニターの女性が、心配そうに聞く。
「大丈夫……です。
あなたは?」
「私ぃ?私は…リエラ。リエラ・エデュケイラ、ここの関係者よぉ」
リエラはそう言いながら、ウィンクをする。
「はぁ、外国の方なんですね。で、私はいつ帰れるんですか?」
「ん~、もう帰ってもいいんだけどぉ」
帰れるんなら早く帰らしてほしい。
呆れながら、モニターから少女の方へ視線を移す。
少女が少し震えていた。
「どうしたの?寒い?」
私はそう聞くと、少女は首を横に振り、
「……違う。違うから…大丈夫…だから」
と言う。
しかし、その声は震えていた。
「あ、そういえば」
リエラがモニターの中でゴソゴソと鞄を探る。
「星七ちゃん、あとで”お薬”渡すから、部屋に来てねぇ」
そう言って、小さなカプセル型の薬を見せる。
この子、星七って言うんだ。
名前を聞く手間が省けたな。
「何かあったら、言ってねぇ~。それじゃ!」
そう言い残して、モニターがプツンと切れる。
なんだか賑やかな人だったな。ギャルっぽい。
「……もう、帰っちゃうの?」
星七が、服の裾を引っ張る。
やはり、手が震えていた。
「……まだ、帰らないよ」
私はそう言って、星七の頭を撫でる。
星七の震えが少し収まる。
これで落ち着けばいいんだけど。
――――――
星七をリエラのところに送った後、私はベッドの上に寝転ぶ。
まだ少しだけ、喉が痛い。身体も、筋肉痛が残っている。
オルフェウス機関……あいつらは何をしようとしていたんだろうか。
そもそも、なんで歌なんかを回収していたんだ?
あの後、沈黙のヴェールは回収されたんだろうか。
そんな疑問が頭に浮かんでくる。
あの日、私は歌うことを選んだ。
選ばなければならなかった。
もう、歌うことに躊躇しない。
必要とあらば、歌う。
でも、それは歌を武器にすることと一緒なんじゃないか?
歌を武器にしたくない。
二度とあんな思いはしたくない。
5年前のあのときのようには――
コンコン。
ドアを叩く音が聞こえた。
お見舞いに来る友達なんか、私にはいない。
しいて言うなら、委員長が来るぐらいだろう。あの人、世話焼きだし。
そう思いながら、ドアを開ける。
「どーも、”聖人殺し”さん」
赤い短髪、耳と唇にピアスを付けた男が立っていた。




