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神話奏装パンテオン・シンフォニア  作者: 音律科学附属高等学校 音装部


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第2話 【 聖槍《ロンギヌス》 】

 ――やめて。

 

 耳の奥で、あの声がもう一度そう言った。


 違う、今度は懇願じゃない。

 

 後悔だ。


 私は、ようやく理解した。

 この声は「助けて」じゃない。

 「歌いたくなかったのに」だ。


 助けてほしいという懇願も入っているのだろう。

 だけど、後悔の方が強い。そんな声だ。


 煙の向こうで、歌が途切れそうになる。

 悲鳴が混じる。

 誰かが、無理やり声を絞り出させている。


 ……ああ


 私は逃げることもできただろう。

 歌わないまま、日常に戻ることもできた。

 

 でも。


 歌わないという選択は、

 誰かを見捨てて良いという免罪符では無い。


 私は、初めて自分の喉に触れなかった。


 代わりに、胸に手を当てる。

 心臓が、異常なリズムを奏でている。


 これは恐怖だ。

 それでも、足が前に出る。


 校舎に近づくにつれ、空気が変わる。

 音が歪む。

 歌が、現実に干渉している。


 そして――見えた。


 中庭の中央。

 倒れた生徒たち。

 その中心で、膝をついた少女。


 彼女の首には、あの白い布が巻きついていた。


 《沈黙のヴェール》


 あの展示室で見たものと同じだ。


 少女は歌っている。

 否、歌わされている。


 声は震え、旋律は乱れ、それでも歌う口は止まらない。

 歌うたびに、空間が軋む。


 そして、その周囲を囲む黒服の集団。


 顔は見えない。

 でも、袖についているワッペンを見てわかった。


 ――オルフェウス機関


 「第二の器(セカンド・ヴェッセル)を確認」


 無機質な声が響く。


 「共鳴反応……おお、想定以上だ!

   前例と同等…いや、それ以上だ!」


 喜ぶ黒服達。


 その中の一人と、目が合ってしまった。


 「おやおや、見られてしまいましたか。神代詩織(かみしろしおり)さん」


 私に問診した”あの”研究員だ。


 私は、怒っている。

 初めて、自覚できるほどハッキリと。


 「……なに、してるんですか?

  ここに来るまでに、何人もの生徒が倒れているのを見ました。」


 私は拳を握りしめる。


 「ここで……何をしていた!!」


 そう叫んだ瞬間――

 胸の奥で、何かが「接続」された。


 鍵が回る感覚。


 世界が、一拍だけ静止する。


 次の瞬間、私の足元から淡い光が立ち上がる。


 「なに――!!」


 誰かの声。


 光は音を伴わない。

 それでも、確かに”共鳴”している。


 私の身体を、見えない旋律が包み込む。


 空気が、布になる。

 光は、装甲。


 まるで、某少女戦士のような姿だ。


 青と白を基調とした、人体に沿うアーマー。

 金属のように固くない。

 が、柔らかくもない不思議な素材だ。


 胸部には、見覚えのある紋様。

 展示室で見た、あの刺繍と同じ形だ。


 「その姿……貴様”聖人殺し”だな!?」


 その名で呼ばれるのは、いつぶりだろうか。

 思い出したくもない、私の過去。


 歌いたくない。

 でも、目の前に苦しんでいる人がいるんだ。


 次こそ助け出す。

 被害を出さない。


 私は――


 「歌を、武器になんかしない!!」


 私の喉が、自然に息を吸う。

 そして――


 『Lumea vera, sing the flame

  Carry my soul beyond the name

  Rise, O star, awaken frame

   Longinus— call my name』


 そう、歌った。


 旋律は短く、派手じゃない。

 祈りに近く、何語かもわからない音。


 それだけで、世界が変わった。


 地面を走っていた歪みが止まり、

 歌わされていた少女の声が、途切れる。


 「ヴェールが……外れた!?」


 白い布が、風にほどけて落ちる。


 少女はその場で崩れ落ちる。

 私は跳んだ。


 音もなく距離を詰め、

 黒服の一人を殴り飛ばす。


 触れた瞬間、衝撃が歌として伝わり、

 相手を吹き飛ばす。


 「せ、戦闘準備!!

   標的は、”聖人殺し”だ!」


 黒服達が、懐に忍ばせていた銃を手に取り、躊躇なく撃ってくる。


 が、そんな攻撃(おもちゃ)が効くはずもない。

 装甲に触れた瞬間、弾が弾き返される。

 

 口が勝手に歌を口ずさむ。

 旋律が、音が、歌が、私の動作を補助する。


 黒服がバタバタと倒れていく中、一人の黒服がロケットランチャーを構えていた。


 「これで、貴様も――!!」


 「させるか!!」


 ロケットランチャーめがけて拳を振るう。

 潰れる弾。

 爆発はせず、その衝撃は音として処理される。


 「そんな…バカな……!!」


 黒服は、腰が抜けて立てないのか、床を這いつくばっている。


 「あなたたちの思い通りにはさせない!!

   歌も、声も全部奪わせない!!」


 私はそう言い張った。


 アーマーが、光となって消える。

 と、同時に私は膝をつく。


 喉が痛い。

 身体中を筋肉痛のような痛みが蝕む。


 でも――後悔はない。


 あの時のような、暴走は起きなかった。

 それに、


 ――ありがとう


 その言葉が、耳元ではっきりと聞こえた。


 私は、空を見上げた。


 歌った。

 それでも、私はまだ私だ。


 神代詩織は歌わないことを拒んだ。

 それが間違いだったとしても、私は――


 「絶対に後悔なんかしない」


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