第26話 【 もう、止まれない 】
崩れたビルの外に出ると、夜はすでに深く沈んでいた。
風が吹く。
焼けた匂いと、まだ消え切らない空間の残滓が混じっている。
詩織は立ち止まり、振り返った。
さっきまで戦っていた場所。
そこにはもう何もない。
カインの気配も、存在も。
ただ瓦礫だけが静かに横たわっていた。
「……行こう」
小さく呟く。
美佑が頷く。
「北の廃都までは、少し距離がある」
「急ぐぞ」
二人は夜の街を走り出した。
――――――
都市の灯りは途切れ、
アスファルトは割れ、道路は半分崩壊していた。
信号は錆びつき、風に揺れ、軋んでいる。
ここが――北の廃都。
かつては共鳴市より、栄えていた大都市の成れの果て。
人間は住むことができず、
魔力の残骸と記憶だけが漂う場所。
詩織の胸元のペンダントが微かに震える。
「……近い」
美佑も周囲を見渡す。
炎の残光が瞳に宿る。
「気をつけろ」
「ここは、普通じゃねぇ」
人がいないとはいえ、静かすぎだ。
虫の声も、
風の音もない。
まるで――
世界から音が抜け落ちている。
そのとき。
遠くで何かが崩れた。
ゴォン……という鈍い音。
二人は同時に振り向く。
そこにあったのは、
半分沈んだ巨大な建物だった。
外壁は崩れ、
柱は傾き、
看板の文字も読めない。
だが、入口だけが、
ぽっかりと口を開けている。
まるで誰かを待っているように。
「……あそこだな」
美佑が言う。
詩織は無言で頷いた。
中へ足を踏み入れる。
床が軋む。
暗闇が濃い。
だが奥の方から、
かすかな歌声が聞こえてきた。
震えるような、
壊れかけた旋律。
詩織の心臓が跳ねる。
「……美空」
確信があった。
この声は、
助けを求めている。
奥の部屋へと進む。
空気が重くなる。
圧が増す。
そして。
奥の部屋に辿り着いた瞬間――
巨大な空間が広がった。
そこは舞台だった。
水に半分沈んだ劇場の主舞台。
中央に立っていたのは、
漆黒の装甲を身に纏った少女。
だがその姿は、歪んでいる。
翼は砕け、
音装は暴走し、
全身から光が漏れている。
ゆっくりと顔が上がる。
金色の瞳。
そこには理性がなかった。
「……来たんだ」
美空が笑う。
壊れた声で。
「遅いよ」
舞台全体が震える。
水面が爆ぜる。
「もう、止まれない」
次の瞬間。
暴走した音波が、世界を切り裂いた。




