第23話 【 身体無き者《アナンダ》・カーマデーヴァ 】
炎が、世界を裂いた。
美佑の拳が振り抜かれる。
その軌跡に沿って、
巨大な炎の刃――レーヴァテインが顕現する。
空間が悲鳴を上げた。
次の瞬間。
炎が“愛の結晶”を真っ二つに断ち切った。
轟音。
黒い巨体が崩れる。
無数の愛の残響が、悲鳴のように空へ解き放たれた。
泣き声。
笑い声。
祈り。
憎しみ。
願い。
そのすべてが砕け散る。
カインの瞳が見開かれる。
「……あら」
「あらあらあらあらあらあら」
初めて。
本当に初めて。
彼女は驚いた。
「アタシの”愛の結晶”を」
「壊したの?」
崩壊が加速する。
巨大な存在が瓦礫のように砕け、
黒い破片となって降り注ぐ。
だが――
その破片は地面に落ちなかった。
宙で止まる。
震える。
そして、
ゆっくりとカインの身体へ吸い込まれていく。
「……あは」
「「「あはははは」」」
「「「「「あはははははははははッ!!」」」」」
笑った。
何重にも重なる声で笑った、
肩が震える。
狂気が滲む。
「いいじゃない」
「いいじゃない、これ」
破片が胸へ突き刺さる。
腕へ溶ける。
顔を侵食する。
骨格が変形する。
背中から何かが生える。
それは翼ではない。
腕でもない。
無数の“誰かの手”。
抱きしめるように広がる。
祈るように絡みつく。
愛を求める形。
「アタシ」
声が変わる。
重なる。
「「「「「愛は、砕けてこそ美しいの」」」」」
空間が歪む。
重力が狂う。
カインの身体が宙に浮く。
頭上に巨大な円環が展開される。
そこには古い紋様が刻まれていた。
神話の記号。
人類が忘れた“愛の神”の象徴。
『身体無き者・カーマデーヴァ』
無数の腕が広がる。
世界を抱きしめるように。
『愛を司る邪神』
瞳が開く。
そこにはもう、人格はなかった。
ただ“概念”だけがあった。
『顕現よ』
圧力が爆発する。
ビルが崩壊する。
地面が沈む。
美佑の身体が押し潰される。
「ぐッ……!」
膝をつく。
炎が揺らぐ。
レーヴァテインが悲鳴のように軋む。
「詩織……!」
振り向く。
瓦礫の中で、
詩織は崩れ落ちたまま動かない。
目が虚ろだ。
呼吸が浅い。
完全に精神が折れている。
「……くそ」
美佑は歯を食いしばる。
立ち上がる。
邪神の圧を無理やり押し返す。
一歩。
また一歩。
詩織の前に立つ。
膝をつく。
肩を掴む。
「おい」
揺らす。
「起きろ」
反応がない。
「起きろッ!!」
怒鳴る。
炎が揺れる。
「お前はこんなとこで終わる奴じゃねぇだろ!!」
詩織の瞳が、わずかに揺れた。
「……私」
震える声。
「また壊す」
「また誰かを傷つける」
「だから……歌えない」
美佑は一瞬黙る。
そして、
笑った。
「は」
「それでいいんだよ」
詩織がゆっくり顔を上げる。
「強い奴ほどな」
「大事なもん壊すのが怖ぇんだ」
炎が優しく揺れる。
「でもな」
拳を胸に当てる。
「それでも戦うのが、ヒーローだろ」
詩織の心臓が跳ねる。
「一人で戦うな」
「俺がいる」
背後で邪神が腕を振り上げる。
空間ごと叩き潰そうとしている。
美佑が立つ。
手を差し出す。
「来い、詩織」
一瞬の沈黙。
そして。
詩織がその手を取った。
ペンダントが光る。
心臓が共鳴する。
歌が零れる。
かすかに。
だが確かに。
光が二人を包んだ。
音装が再起動する。
今度は、
一人じゃない。
彼の炎と
私の聖槍が
ヤツへと向いた。
戦いは、
ここからが本番だ。




