第20話 【 愛の追跡者 カイン・モルティーガ 】
ライトに照らされた美空は、ぐったりと項垂れていた。
手首を拘束具に縛られ、足も固定されている。
顔には傷があり、呼吸も浅い。
「……美空」
詩織の声が震える。
「今、助けるよ」
「あらぁ、かわいい顔ねぇ。でも――」
女の声が笑う。
その瞬間――
床が崩れる。
詩織は反射的に跳ぶ。
次の瞬間、暗闇から黒い影が突き上がってくる。
巨大な腕。
歪んだ装甲。
裂けた顔面。
「……ッ!」
詩織は空中で体勢を整え、翼を広げる。
衝撃波が放たれる。
怪物が吹き飛ぶ。
だが、すぐに起き上がる。
「もう……!邪魔ッ!」
装甲のラインが光る。
拳を握る。
一歩踏み込む。
拳撃。
音波が収束した打撃が、怪物の胴体を貫いた。
鈍い音。
怪物の身体が歪み、壁に叩きつけられる。
「まだまだッ!」
背後から気配。
詩織は振り向きざまに回し蹴りを放つ。
音波の刃が円弧を描く。
もう一体が切り裂かれる。
だが――
女の声が楽しそうに響いた。
「ふふ、いいわねぇ。でも――」
「ちゃんと狙わないとぉ」
「大切なものまで、壊しちゃうわよぉ?」
その瞬間、怪物が急加速した。
詩織の視界から消える。
「!」
次に現れた場所は――
美空の前だった。
怪物が美空を盾にするように覆い被さる。
「そこから、どきなさいッ!!」
詩織は叫ぶ。
だが、怪物は微動だにしない。
美空の身体が小さく揺れる。
「し……おり……」
かすれた声。
顔が上がる。
涙が光る。
「助けて……」
心臓が跳ねた。
一瞬の躊躇。
その刹那。
怪物が突進してくる。
詩織は反射的に腕を振るった。
音波の槍が、一直線に跳び、
敵の胸を――
否、その奥にいた美空の身体を
貫いた。
「……は?」
赤い飛沫が舞う。
その光景を目にした詩織の思考が
停止した。
美空の身体がぐらりと傾く。
拘束具に支えられながら、血が床に落ちる。
「……なん……で?」
その言葉を最後に、
美空は動かなくなった。
「……うそ」
音装の光にノイズが走る。
呼吸が乱れる。
「……私が」
手が、震える。
「私がやった……?」
装甲に亀裂が入り、翼の光が弱まる。
女の声が甘く囁く。
「そうよぉ」
「あなたが」
「あなたが壊したの」
「あなたの歌が」
「あなたの力が」
「大切な人を、壊したの♡」
視界が歪む。
音が遠ざかる。
あの日の光景が、フラッシュバックする。
――白い円形の部屋の中央。
喉元には、白い布。
薄く、やわらかく、声を奪うための布。
それはやさしく触れているようで、決して外れない。
少女は歌を歌わされていた。
音程は崩れ、旋律は断片的。
それでも、世界は応えた。
壁に走る亀裂。
床に刻まれる、古代文字に似た紋様。
計測装置の針が、一斉に振り切れる。
消える音。
少女の影が、床に落ちる。
その影は、二つあった。
一つは少女自身。
もう一つは――
それが目を覚ました瞬間、
世界はほんの一拍だけ、神話に戻った。
次の瞬間、すべては終わった。
ボロボロになった部屋。
焼け焦げた匂い。
飛び散る血痕。
崩れた柱が、私の大切な
大好きだったあの子を貫いて――
「……やだ」
詩織の口が動く。
「やだ……」
もう一度歌おうとする。
だが、声が出ない。
空気だけが漏れる。
「ぁ……」
音装が、完全に崩壊する。
装甲が粒子になって消えていく。
翼は砕け、身体が重くなる。
膝が床に落ちる。
「……ぁあ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ッ!!!」
「……なんで」
「なんで私……」
涙が零れる。
女の笑い声が響く。
「これがあなたの限界」
「所詮あなたの愛は、そんなものだったの」
「つまらない」
「つまらないわぁ」
「愛のないあなたなんて」
闇の奥から、新たな気配が近づいてくる。
「ゴミも同然」
ライトが照らすそこに、一つの影。
詩織は顔を上げる。
青い髪に
長いまつ毛。
爪は長く、
背も高い。
声は女だが、
体格は男。
「どぉも、オルフェウス機関序列第三位」
「愛を追いかけ続けて数億年」
「愛の追跡者、カイン・モルティーガちゃんよ♡」




