第11話 【 あなただけのアイドル《ハルカゼミソラ》 】
夜の駅前。
改札から吐き出される人の波は、誰一人として立ち止まらない。
その流れに逆らうように、
桃色の髪だけが、やけに軽やかに揺れていた。
そんな彼女に足を止める人は誰一人としていなかった。
みんな、彼女をただの背景としか思っていなかった。
歌い終わった彼女は、機材を片付けながら一人、反省会をする。
「うーん、今日も誰も見てくれなかったなぁ。やっぱ、流行りの曲じゃないとだめなのかなぁ」
一人ブツブツ呟いていると、スマホをこちらに向けながら、コソコソ話すカップルがいた。
―――あれでアイドル志望とか、笑うよね。
―――自分を客観視できないタイプでしょ、ああいうの。
そんな言葉が、彼女の耳に届く。
「……そんなの、分かってるもん」
機材を片付け終え、家までの帰路を歩く。
小さいころから、可愛いアイドルに憧れていた。
だから、歌も踊りも頑張ってきた。
でも、その努力に結果はついてこなかった。
最終選考で、名前を呼ばれなかったあの瞬間。
拍手の中、私だけが笑えなかった。
それでも、「アイドルになりたい」という夢を諦めなかった。
選ばれないなら、選ばせればいい。
私を見つけたことを、後悔させない。
むしろ、私を切り離した奴らを後悔させるくらいの存在になればいい。
「あなたをアイドルにさせてください」
そう言わせればいい。
そうすれば――
なんて妄想をずっと思い続けてきた。
でも現実は甘くない。
こんな無名の人間。誰も拾ってくれない。
誰も足を止めてくれない。
飛び交う言葉は、「恥ずかしい」「ダサい」の二言だけ。
……もう、ダメなのかな。
でも、あと一回だけ。
この一回でもうやめよう。
これで誰も足を止めてくれなかったら、
私はきっと――いや、絶対夢を”言い訳”にする。
だから、明日でこの夢とお別れだ。
――――――
次の日
同じ場所、同じ時間。
同じ機材、同じ服装。
同じ歌を歌う私。
誰も足を止めない。
――あ、今日もダメだ。
そんな言葉が、頭に過った。
誰も見向きもしない。誰も私を見てくれない。
――もう、帰ろうかな
歌うのをやめ、音楽を止めようとする。そのとき――
「えっ?やめちゃうの?」
……空耳かと思った。
この場所で、私に声をかける人なんているはずがないから。
「駅から出たら、きれいな歌声が聞こえたから来てみたんだけど……もうやめちゃうの?」
やめて、そんなこと言わないで。
そんなこと言われたら――夢を諦められなくなる。
私はマイクを握り直し、歌い始めた。
その日、初めて。
私の歌が届いた。
それだけで十分だ。
私の歌に足を止めてくれた彼女。
あなたのために、私は歌う。
私が――春風美空が、あなただけのアイドルになってあげる。
ずっと、あなたのために歌う。
――これは、春風美空が恋した神代詩織との物語だ。




