捕食編
本作はいでっち51号様との共同企画『推しが子project』参加作品です。
いでっちさんの作品『推しが子』はこちら→https://ncode.syosetu.com/n3855lq/
※週一投稿を考えてましたが、4話全て書き終えましたので、この土日でテンポよく投稿しちゃおうと思います(*´Д`*)
幼い頃の遊び相手は、部屋の隅に巣を作った小さなクモだった。
母親が仕事でいない夜、透はクモと会話をして寂しさを紛らわせた。
言葉を発せないクモの気持ちを考え、その役を演じながら、一人二役の会話を楽しむ。
透に演技の素養があるとするなら、それは『この孤独な遊び』によって磨かれていった。
* * *
ロケ地である廃校の教室で、葉山ハル(演者:如月湊)は苛立っていた。数日前のトラブルが尾を引いて、撮影が遅れ気味だからだ。
宣伝のためのバラエティ番組出演も重なっていて、葉山はここのところ満足に眠れていない。
しかし、初主演となるこのドラマは、活躍の場を更に広げる足掛かりになる筈だった。失敗は許されないし、誰の失敗も許す気はない。
今日は2話のクライマックスシーンを撮影する予定だ。葉山演じる主役の新任教師『仙八』が、学校に乱入するイカれたモンペ男を説き伏せるシーン。
相手役であるモンペ男は、弱小事務所に所属している、聞いたこともない俳優だ。
奥耳透――
昨日調べた情報には、元動画配信者と書かれていた。
葉山は動画配信者を嫌悪していた。
特別な努力など何もしていないくせに、さも自分が『演者』の立場にあると誤認し、一端の芸能人みたいに振る舞いやがる。
ドラマ撮影は、奴らが得意とする一人芝居ではない。専門分野の職人達がたくさん関わって、チームで作り上げるものだ。スマートフォンを片手に撮影された動画とは訳が違う。
動画配信者は、その点を理解していない。
葉山は、パイプ椅子に座りスマホを眺めている奥耳透の姿を見つけ、威圧的な靴音を響かせながら歩み寄った。
「挨拶、ないのか?」
頭上から投げかけられた葉山の言葉で、奥耳透はスマホから顔を上げた。
「あ、奥耳透と言います。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる。
間の抜けた返事だった。この葉山ハルから直接挨拶を催促されたのだから、もっと動揺し、混乱し、挨拶よりも謝罪の言葉を繰り返すべきだろう。
それなのにこの男は……。
「俺、葉山ハル。一応、このドラマの主演なんだけど?」
「はい、知ってます」
知っているのなら、余計にタチが悪い。
葉山の中でイライラが噴出する。
「奥耳さんは、配信者出身なんだってな? だからわかんないのかもしれないけど、撮影ってのはチーム仕事なの。ふらーっとやって来て、撮影だけしときゃ良いってもんじゃねーの」
「はい」
「人間関係の基本は、挨拶でしょ。配信者界隈の人はは、そんな事もわからねえのか?」
葉山の言葉に、奥耳は再び頭を下げる。
「もう二度と、同じ事言わせんじゃねーぞ」
鼻を鳴らして立ち去ろうとうる葉山を、「あ、葉山さん」と呼び止める奥耳。
「あ? なんだよ」
「葉山さん、まだですよ」
「何が?」
「僕は挨拶しましたけど、葉山さんからの挨拶、まだですよ?」
葉山は頭の中が真っ赤に染まった。
目の前の男は、何を言っているんだ? 弱小事務所に所属する、単なる動画配信者くずれの分際で、新進気鋭の大物俳優である自分に挨拶を催促する?
バカなのか、この男は――
「失礼……よろしくおねがいします」
葉山は震える声でそう呟いた。
しかし、煮えたぎった感情は勝手に次の言葉を繋いでいく。
「――でもね、奥耳さん、このドラマの主演は、俺なんだ。その俺に、そんな舐めた態度とれるって、よほど自分の演技に自信があると見える」
「いやぁ、そんな事ないですよ」
興味なさそうにヘラヘラと笑う。
その笑顔が余計に葉山の神経を逆撫でした。
「あんた、モンペ気質の父親役だよな。出来るんですか? あんた、父親いないんでしょ?」
ヘラヘラしていた奥耳の表情が一瞬で変わる。
それに気付きながら、葉山はあえて笑った。
葉山は共演する俳優達のバックグラウンドもしっかりと把握した上で撮影に臨む。それは撮影チーム内で円滑な関係を築くために重要な情報だからだ。
それは彼の仕事に対する真摯さからくるものであり、チームを重んじる彼の強みでもある。
しかし反面、葉山は気が短かった。
彼の知り得た情報が、時に相手の心を土足で踏み抜くきっかけになる事も、少なくはない。
「父親を知らないあんたに、愛で暴走する父親を、演じられんすか?」
奥耳はなにも言わず、葉山を見返す。
それを何も言い返せない『敗北』の態度だと感じた葉山は、満足気に頷いて踵を返す。
「ダセエ演技で、俺の邪魔だけはしないでくれよ――」
振り返った先で、監督と目があった。
ヤレヤレと首を振る監督。その肩を軽く叩いて、葉山は現場を見渡す。
さあ、撮影開始といこうか。
* * *
このドラマは、人気俳優のプロモーションであると同時に、教育現場における『教師』のあり方を問いただす、社会派な側面を持つ作品でもあった。
葉山ハル演じる、脱サラして教師にとなった新任『仙八』が、教師という職業が抱える闇に真っ向から立ち向かう。
長時間労働、やりがいの搾取、保護者からの過度な要求――
聖域とされる教育現場において軽視されがちな、教師という名の人間の権利について、このドラマは教師目線からの回答を提示する。
そんな意図を含んだドラマの中で、奥耳透の演じるモンスターペアレントの父親『田中』は、教師の人間性を無視した無理難題を押し付ける、いわゆる悪役であった。
ある日、田中の息子が、学校でいじめに遭っていると父親に訴える。
同級生の友人数人から無視されていると言うのだ。
普段、仕事に追われて育児を蔑ろにしていた田中だったが、息子の悲痛な訴えに胸を痛め、事実の究明に乗り出した。そして、息子の担任が新任教である仙八だと知り、その教育者としての資質に疑問を持ち始める。
結論として、息子は確かに友人数人から無視されていた。しかしその原因は、わがままを通すために息子がついた、幾つもの嘘が発端になっていた。
パパは僕をいつも見てくれているんだ!
僕にちょっとでも意地悪してみろ? パパが全員やっつけるからな!
その悲しい嘘は、父親に自分を見てもらえない寂しさの裏返しでもあった。
イジメの本当の原因は、父と子……家庭内の不協和にある。その事が、視聴者には伝わる作りとなっていた。
しかし、作中の田中はそんな事知る由もない。
いじめを野放しにしている学校、そして仙八への怒りを胸に、彼は小学校へと向かう。
「仙八先生、はっきり申しますと、私は貴方の教師適正に疑問を持っています」
通された応接室で、田中は、猫背の教頭と背筋を正す仙八を睨みつけた。
「あの……イジメとおしゃいますが……そう言った報告は、担任の仙八先生や他の先生方からも上がってきておらず……」
教頭のその弁解は、火に油を注いだだけだった。
「だから――!」田中は拳で机を叩く。「そのイジメを見抜けない見る目のなさが『教師に向いてない』って言ってるんだよ!」
静かな放課後の廊下に、田中の怒鳴り声が響いた。
「いや、しかしですね……我々も出来る限りの事はやってるわけでして、よろしければ事態を正確に把握できるよう、もう少し時間を頂き――」
自体を収束させようと尚も言葉を繋ぐ教頭。しかし次にの田中の言葉で、その努力の火も潰える。
「平均、20時」
「はい?」
唐突な田中の言葉に、教頭は目を丸くした。
「その仙八先生の車が、学校の駐車場から出て行く時間ですよ! 近所の父兄さんから教えてもらいました! 教師にしては、ずいぶん早いご帰宅ですね!?」
私は、毎日てっぺん近くまで仕事をしてますよ? そう皮肉たっぷりに笑う。
「日曜日に、女性と映画に行っていたという証言もありました。近所の居酒屋で見かけたという話も聞きます。随分とお時間を持て余してらっしゃいますね? それで出来る限りの事をやっているとよく言えますね!」
教師の長時間労働は近年問題となっている。そんな社会的背景を抜きにしても、プライベートにまで言及するという田中の行いは、あまりに度が過ぎていた。
この発言は、すべてのヘイトを田中に集約するためのものだ。
そしてこの身勝手な悪役を、主人公でありヒーローポジションの仙八が成敗し、この物語は完結する。
「田中さん――」
黙って田中の話を聞いていた仙八だったが、顎を引きやや上目がちに、田中の目を真っすぐに捉えた。
葉山ハルの涼しげな目元がアップになり、整った鼻筋を抜けて、薄い唇へと移る。
「ご多忙で、慶太くん(田中の息子)を見守ってあげられない田中さんのもどかしさ……僕には想像すら出来ませんでした。不甲斐ない教師で、本当に申し訳ございません――」
そう言って深々と頭を下げる。
「しかし――」
そこから先は、営業でならした仙八の独壇場だった。息子が抱えている寂しさを伝え、いじめの発端がその寂しさに由来していると結論づけ、家庭での親子のコミュニケーションの大切さを説く。
オルゴール調のBGMが流れるような感動シーン。
仙八は誰もが納得するような美しく正しい言葉を放つ。憂いを帯びたイケメン俳優――葉山ハルの切れ長の目は、見るものの胸に感動と情愛を生む。
モンスターだった田中も改心し、緩やかにエンディングへと向かう……そのはずだったのだが――
奥耳透の演技が、その生温いエンディングを完膚なきまでにぶち壊した。
ラスト数分間の怪演。
そこには、本編で抹消されていた田中の感情が、冬の枝に取り残された枯葉みたいに揺れていた。
* * *
「私だってね、本当は息子のそばにいたかった……」
台本にはない田中の台詞で、ラストシーンに向けて作り上げていた仙八の表情が崩れる。
「大切なものに気付けずに、息子を苦しめてしまった自分が、悔しいですよ……」
田中は涙を流していない。
しかし、その力ない撫で肩やか細い声は、虚勢の隙間からこぼれ落ちる悲しみと後悔を、見事に表現していた。
眉は顰められ、目は虚で、口元は緩く結ばれ……俯き加減のその視線は、仙八の口元あたりをじっと見つめている。
仕事に追われる毎日だった。
家族のためか、会社のためか、それとも自分のためなのか――目的すらも忙殺される、そんな毎日だった。
喧騒で溢れるオフィスでパソコンと向き合いながら、次にこなすべき仕事の工程だけが、頭の中に充満していく。
ディスプレイ横に立てられた息子の写真だけが、栓の抜けた風呂のように流れ出ていく父性を、ギリギリのところで押し留めている。
自分は、正しかったのか?
この傲慢な男でさえ、悩み、苦しみ、自問自答の日々を送っている――
奥耳透は、忘れられていたその事実を、無遠慮にも演じきっていた。
ドラマの脚本において、田中は単なる悪役でしかない。主人公の仙八から正義のメッセージをぶつけられ、撃沈していくやられ役の一人にすぎない。
しかし、奥耳透の見せた短い演技が、田中という人物の過去を形づくり、命を吹き込んだ。
この物語を一段階、深いものへと変えてしまった。
「私は、もっと息子を――慶太の事を知りたい」
懺悔のような田中の言葉。
葉山ハルは唖然としていた。
自分が主役の物語の中で、彼は自らが『仙八』である事を忘れ、ただ奥耳透が放つオーラに圧倒されていた。
大物若手俳優が、弱小事務所の無名俳優の演技に、喰われる。
その異様な事態を目の当たりにして、撮影スタッフも、共演者も、葉山ハルですらも――ただ冷静さを取り繕う事で精一杯だった。
そんな中で、奥耳透だけが作品へと没入していた。
奥耳透の演技の裏側に、『自分の父親も、そうであって欲しい』という純粋な願いが込められていた事など、誰も知らない。
奥耳透は父親がいない。
だからこそ、この現場で誰よりも、この哀れな『父親』を生かそうとしていた。
* * *
映像作品は時として、製作者が計画していた以上の表現を生み出す事がある。
これは、そんな成功事例の一つとして、透が見えせたアドリブそのまま、放送される事となった。
世間は『奥耳透』という奇才の存在を知る。
そしてそれは、彼の俳優としての人生と父親への感情を、大きく変えていく事になる――
【あとがき】
お読みいただきありがとうございます。
モンペの話にはちょっとした実体験があります。
息子のクラスが一時期クラス崩壊を起こしてまして、担任を糾弾する保護者会に参加した事があります。ほとんどの家族は『クラスをまとめられない担任が悪い!』って感じでしたが、幕田家は『言う事聞かない子供の教育は親の責任だろ』ってスタンスでした。
その中である母親が「先生はいつも◯時には帰ってるんですよ!? やる気ないんじゃないですか!?」と言っていて、ドン引きした記憶があります。
どっちが正しいのかは分かりませんが、暴走していた母親も、子供のためを思っての事なんだとは感じました。
そんな事を思い出しながら書いてます。
【楽屋裏】
◯現場入り
古本都紙魚「うへへ、如月さん、よろしくお願いします」
如月湊「古本さん、よろしくお願いします」
◯休憩時
古本「あ、如月さん、よろしくお願いします」
如月「はい、よろしくお願いします」
◯トイレ
古本「如月さん、よろしくお願いします」
如月「はあ、よろしくお願いします……」
◯昼食
古本「よろしくお願いします」
如月「あの、はい……よろしく……」
如月(古本さん、一日何回挨拶するんだよ!?)




