孵化編
本作はいでっち51号様との共同企画『推しが子project』参加作品です。アニメ『推しの子』に準え、芸能界を舞台にした物語となってます。
幕田が考案した『古本都紙魚』という俳優を軸に、いでっちさんが『芸能界における古本と野田栄一郎ストーリー』を、幕田が『古本が脚本・主演を務める映画』を、小説として発表します。
本作はその後者って訳です(*´Д`*)
本作は全4話構成です。
なお、タイトルの『earwig』は耳の虫という意味で『ハサミムシ』を指します。
コブハサミムシの母親は、自分の身体を子供に食べさせる。
飢えた子供を確実に生かすため、柔らかい腹部を子供に晒し、自らの死と引き換えに子供を生かす。
母は気高く、尊い。
父親は、冬を越せずに消えてしまった。だらか、父親の事はよく知らない。
でも、そんな母が愛した人ならば、きっと――
* * *
繁華街の隅のにある大衆居酒屋で薄いハイボールを飲みながら、奥耳透(演者:古本都紙魚)は箸おきの隙間に隠れたチャバネゴキブリの、左右に揺れる触覚を眺めていた。
「最近どうよ、副業の方は?」
正面で中ジョッキの生ビールを傾けながら、配信者時代の友人は含みを持たせた笑みを向ける。
「副業じゃなくて、今はこっちが本業だよ」
透は箸おきを指先でつつく。チャバネゴキブリは何処かへ隠れた。
「いい加減そっちは諦めて、動画配信に軸を戻したらどうだ? なんなら、俺がコラボしてやるよ?」
先日チャンネル登録者数10万人を突破したリョーキン――本名、金井亮司(演者:フェニックス・大)は、そう言いながら運ばれてきた唐揚げに無断でレモン絞った。
「ゲーム配信と昆虫解説じゃあ、ね――」
透は卑屈な笑みを浮かべる。
「おい。マジで俳優一本でやってくつもりかよ? 言っちゃ悪いけど、お前、全然イケメンじゃねーからな?」
「わかってるよ」
「根暗だし」
「うるせーな」
世の俳優が全員イケメンっでてわけじゃねーだろ。透はそう呟いて、レモンがかかっていない底の方の唐揚げを箸で摘む。
「――やっぱ、あの『親父さん』の件か?」
この件に関しては、多少は遠慮がちに尋ねて来るリョーキンに対して、透は無言で頷く。
* * *
奥耳透の母親(演者:綺羅めくる)は『未婚の母』だった。
未成年の母から生まれた透は、貧しい母子家庭で育つ。それは一般感覚から言えば、不幸な家庭に映るかもしれない。
しかし、透にとっては必ずしもそうではなかった。
透は母の愛を一身に受けて育った。
母は常に笑顔で、自分の事よりも我が子を優先し、どんなに疲れていようとも、息子が眠りに着くまで眠る事はなかった。
暗い部屋の中、上手く寝付けずに目を覚ましてしまった透が、隣で自分を見つめてくれる視線に気付き、安心して再び目を閉じる。
それが、彼の日常だった。
母は一人息子を心から愛していた。しかし、未成年の女が『母』として生きる道は、愛という感情だけでで踏破出来るほど容易ではない。
小さな亀裂が、母の身体にはいくつも刻まれ……透が18歳になる頃、ついに崩れた。
その時になって初めて、透は自分が、母の柔らかな腑をゆっくりと食い尽くしていた事に気付く。
透は憎んだ。
今まで母を貪っていた事実に気付けなかった自分を。そして、母に全てを背負わせ、母の前から姿を消した自分の『父親』にあたる男を――
市民病院の簡素なベッドに横たわる母。丸椅子に座った透は、そんな自分の感情を淡々と母に語った。
自分という存在など、憎むべき父親の血とともに、この世から消えてしまえばよかったのだと――
母は、そんな透の手を握る。
そして、優しい声で、父に悪態をつきその血を呪う息子の言動を、叱った。
『私は、あの人を憎んでいない。透に私と――あの人の血が流れている事を、私は誇りに思うの……』
母は語った。
母と関係を持った頃、父は駆け出しの俳優だった事。夢を追う彼の姿に惹かれ、そしてその夢を掴みかけている彼の邪魔をしたくないと、自ら身を引いた事。
そして自分の中の新しい命が宿っている事に気づいたけれど、その事を彼には伝えなかった事。
『あなたを、独り占めしたかったの……』
弱々しい顔で母は笑う。
それは幼い夜、目を覚ました透が見た、母の顔だった。
数ヶ月後、母はこの世を去った。
母は『父親』について、それ以上語らなかった。
しかし、母を失い途方に暮れる透にとって、『父親に会いたい』という感情は、新たな生きる動機となり得た。
芸能界に、自分の父親はいる。
透は闇雲に足掻いた。
まずは顔を広めるため動画配信者となった。自分の存在が周知されれば、父親の方から声が掛かるかもしれないと思ったからだ。
職を転々としながら配信活動を数年以上続け、そこそこの知名度は得られたものの、それはあくまでニッチな界隈でしかない。
それならば――
透は動画配信で得た知名度を武器に、着の身着のままで『芸能界』へと殴り込みをかけた。
父が、愛を捨ててまで追い続けた世界。
透はそこに、父の『答え』があるような気がしていた。
* * *
「おい、お前」
リョーキンの声で、透は我に帰る。
「お前、親父さんの話となると、いつもすげー顔してんぞ? 気づいてっか?」
「すげー顔って、どんな顔だよ」
「こんな顔だよ」
リョーキンは眉間に皺を寄せ、指先で目尻を大袈裟に釣り上げて見せた。
「鬼気迫ってんぞ? 親父さんの手掛かりが掴めなくて、焦ってんのかも知れねーけど、ストレスはお肌の大敵だぜ?」
笑いながら、手のひらで自分の頬をペチペチと叩いた。ノンデリだが、核心の部分でこの男は芯をついてくる。
透は「そうだな」と気の抜けた笑みを見せた。
リョーキンは『手掛かりがない』と言ってはいたが、透は芸能界にいる数多の俳優から、自分の父親をあらかた絞り込んでいた。
母から聞いた父の話と、俳優の年齢や経歴、それらを組み合わせると、候補は数名に絞られる。
その中でも、最も可能性が高いと踏んでいる男は、今では個人のプロダクションを持つほどの大人物だ。
神野越人――
圧倒的な表現力で、全ての演者を自分の世界へと引き摺り込む、演技の天才。
彼が映った瞬間、全ての映像は奇跡を書き記した『聖書』へと変わる。
この界隈は、彼を称賛する言葉で溢れていた。
――そんな人物に、自分のような三流は、会う事すら叶わない。
彼と相見える方法があるとすれば、それはこの芸能界でのし上がり、否が応でも彼の眼中に入り込む事くらいだろう。
父に会い、母の死を告げ、自分の存在を突き付ける。
そして尋ねたい。
芸能界からは、どんな景色が見えるのか――
* * *
「奥耳よぅ、連ドラの出演オファーが来てんぞ」
弱小芸能プロダクションの社長である副島(演者:弥生双吾)は言った。顔は怖いが、金も肩書きもない透を受け入れてくれた、情に厚いおっさんだ。
「葉山ハル主演のゴールデン枠だぜ?」
そう言ってニヤリと笑う。
「誰ですか?」
「は、知らねえの? 今注目のイケメン俳優だろ? お前、ほんとこの業界疎いよな。何年目だよ?」
「すみません」
透は、自分が目指すべき神野越人が属する界隈以外には、とことん興味がなかった。同世代のイケメン俳優など、道端に転がってる小石――足の裏をちょっとムズムズさせるような存在としか思っていない。
「葉山が教師役を務める学園ドラマなんだがよ。なんつーか、現代の教育が抱える『闇』みたいなもんを掘り下げる作品らしい」
「はあ」
「葉山は清純売りしてくと思ったんだけどな。けっこう重厚なテーマに使ってくるな――」
商品を売り出す経営者目線で、副島は何度か頷いてみせる。
「あの、俺の役は?」
長い前置きに焦れて、透は被せ気味に尋ねた。
連ドラへの出演となれば、俳優としての知名度も上がる。父親の目に留まる可能性だって、もちろん高まる。
「お前は、2話で登場する子供の保護者役だと。モンペ――モンスターペアレントの父親」
「父親……」
その言葉に、透はたじろいだ。
父親を知らない自分が、父親役? 恐れとも不安ともつかない薄暗い感情が、透の心を満たしていく。
「オファー、受けんだろ?」
「当然です」
しかし、迷いを断ち切るように、透は頷いた。
【あとがき】
お読み頂きありがとうございます。
普段の幕田を知っている方なら「芸能界を題材にした話とか、幕田っぽくなくね?」と思うかもしれませんが、全くもってその通りです。
でも、不慣れな業界なりに、ちょっとばかし頑張って書いてるなーって、自分で自分を褒めたい気分です。
まだ序章なので、続きも是非お読み下さい(*´Д`*)
なお下記の【楽屋裏】では、お遊び感覚で出演俳優さんのちょっとしたやり取りを書いてみました(解釈違いあったらすみません!)
ほら、なんか作品にほんのちょっとだけ深みが出てるような気が、そこはかとなく感じられるでしょ?
【楽屋裏】
フェニックス大「居酒屋のシーンのゴキブリ、あれトシミ君が持参したんだって?」
古本都紙魚「うへへ、そうです……(にちゃあ)」
フェニックス大「ゴキブリってキモくねーのかよ。病原菌とか、色々あんじゃん?」
古本「アレはですね、『モリチャバネゴキブリ』って屋外性のゴキブリでして、衛生害虫であるチャバネゴキブリと見た目はそっくりですけど、生態的にはうんたらかんたら――」
弥生双吾「うるせぇ! どっちもキモいんだよ!」
古本「そ、そんなぁ……(にちゃあ)」




