第85話 ラジオ
「そんな悲しいこと言わないでくれよ!!」
俺の言葉に、デジデジの瞳が少し揺れた。
「さっき風路兄ちゃんの事務所のところでも言っただろ!? 俺はもうお前のこと友だちだと思ってるんだよ!」
「もうお前のこと大切だと思ってるんだ! だからそんなやつにそんな風に言われたら……すげぇ悲しくなるんだ!!」
「燈真君……」
俺は、言葉を重ねた。
今ここで止まったら、デジデジはまた自分を“最低”に押し込める。
「それにさ、お前、ジジィのこと怖いって思ってたのに……また殴られるかもしれないってわかってたのに……ちゃんと『ししゃも。のこと殺したくない』って言えたんだろ!?」
「そんなお前が、臆病で卑怯なやつな訳がない! 俺がそんなの認めねぇ!」
「でも……」
「でももだってもヘチマもありません!」
「誰がなんて言おうとお前はいいやつなんだ! たとえお前がなんて言おうとお前はいいやつなんだ!!」
「お前はいいやつだから……いいやつなんだ!!!」
デジデジの表情が、くしゃっと崩れる。
俺は続けた。
「それにさ……俺も三兄弟で真ん中だからよ。もしクソ兄貴が死んで、俺一人で颯真を守らなきゃならないってなったら、どうすりゃいいかわかんねぇよ」
「でもデジデジ、お前はどんな方法だったにしろ弟を守ってきた。自分が世間から疎まれるような悪いやつになっても、弟にそうさせないように、一人で戦ってきたんだ」
「守るためじゃなかったとか、そういうのはどうでもいい! お前のおかげで、今まで健人がそういうことに巻き込まれずに暮らせてこれたのは事実だ」
「だからこれからも守ってやろうぜ! お前は兄ちゃんだ。兄ちゃんは弟を守ってやらなきゃいけないんだ」
そして俺は、最後に言い切った。
「でもこれからは、お前ひとりじゃない。俺もいる!」
「俺、喧嘩には自信あるからよ! 悪いやつは俺がぶん殴ってやるんだ!」
デジデジの目に、涙が溜まった。
「燈真君……っ」
次の瞬間、俺はデジデジを引き寄せて抱きしめていた。
肩が小刻みに震えて、呼吸が乱れて――
「ありがとうっ……燈真君……ありがとうっ……」
嗚咽混じりに、何度も何度も繰り返す。
俺のシャツを掴む指に、必死さが滲んでいた。
しばらくして、ようやく震えが少し収まる。
「よしよし……少し落ち着いたか?」
「うん……もう大丈夫。ありがとう」
「気にすんなよ!」
俺は、わざと軽い調子で言った。
「こういうのはお互い様だろ? 友だちなんだからよ!」
「うん……でもちょっと恥ずかしいや……」
「まぁそうか……」
空気を変えたくて、俺は頭を掻いた。
「そしたらよ、なんか楽しい話でもしようぜ!」
「楽しい話?」
「おう! デジデジ、将来やりたいこととかねぇのか?」
デジデジは少し考えて、苦笑する。
「将来やりたいことか……家業を継がなきゃいけないってことばっかり考えて、そんなこと考えたこともなかったな……」
「じゃあ今、考えてみろよ! 好きなこととかねぇの?」
「好きなことか……」
デジデジは、少しだけ目を上げた。
「あぁ、ラジオを聞くのは好きかも」
「ラジオ?? なんか古風だな」
「そうだね。古臭いって思う人もいるかもしれないけど」
デジデジは、話しながら少しずつ声に熱を取り戻していく。
「最近はネットが発達したおかげで、ラジオ局だけじゃなくて個人の人が色んな配信してて面白いんだよ」
「へぇ! そうなのか!!」
「うん。テレビと違って、何か作業しながらでも聞けるから割と便利なんだ。通学中とか、試験勉強中とかにも聞けるし」
「なるほど! そういわれてみればそうだな!」
「ラジオのお便り募集コーナーとかってわかる?」
「おう、聞いたことあるな! 視聴者が手紙送るやつだろ?」
「うん。番組にメール送ると読んでもらえたりして、あれ結構うれしいんだよね」
「デジデジ、そういうの送るんだな。意外だぜ」
「そう? 個人でやってるラジオ番組だと、結構リスナーと配信者の距離が近かったりして、それも面白いんだよね」
「関わりができたりして……ちょっと嬉しかったり」
俺はニヤッとした。
「なぁ、お前はラジオやったりしねぇの??」
「え? 僕が??」
「うん! デジデジが!」
デジデジは目を丸くしたあと、ゆっくり首を振る。
「考えたことなかったな……」
「興味ねぇ?」
「いや、単純にそんなこと考えられなかったから……」
それから、少しだけ間が空いて。
「でも……そうだね。ちょっと楽しそうかも」
少しだけ目を細めて笑うデジデジを見たら、胸が熱くなってきた。
「そうか!! じゃあ色々落ち着いたら、やってみてくれよ!」
「え??」
「いいじゃねぇか! 俺、デジデジのラジオ聴いてみてぇぞ!!」
「そうだなぁ~……どうしよう……」
「いいだろ!? 俺、そのお便りコーナー送るからよ!!」
デジデジが、困ったように笑って――でも、その笑顔はさっきよりずっと柔らかかった。
「……うーん。まぁそうだね。ちょっと、やってみようかな?」
「うぉ!! やったぁ!!! めちゃくちゃ楽しみだな!」
「そうかな……うん、そうだね。楽しみだね」
俺たちは、ようやく“普通の笑い”を交わせた。
不安が消えたわけじゃない。何も解決してない。
それでも――
この一瞬だけは、胸の奥がちゃんと温かかった。




