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【BL男子の日常】出会った男たちが嘘つきすぎて、洗脳事件とヤクザ抗争に巻き込まれて恋愛どころじゃない件  作者: 須戸コウ
第16章 推理と調査

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第84話 僕はいいやつなんかじゃないよ

「よう、デジデジ」


声をかけると、薄暗い空き部屋の隅で、デジデジがゆっくり顔を上げた。

夕飯の席で、デジデジはずっとどこか上の空だった。無理に笑ってるのが見えた気がして、胸の奥が引っかかっていた。


「燈真君……」


その返事だけで、だいたい察してしまう。

俺は戸口のままじゃ落ち着かなくて、デジデジが座るベッドの隣に腰掛けた。


「爺ちゃんのところで、なんかあったのか?」


デジデジは視線を落とし、短く息を吐いた。


「……いや……うん。そうだね」


「なにがあったんだ?」


問い詰めるつもりはなかった。

でも、放っておけなかった。


「詳しいことは、後でみんな集まったときに話すよ」


そう言ってから、デジデジは言葉を飲み込んだ。

その“続き”が喉につかえているみたいに、唇が小さく震える。


「……あっ、でも……」


「なんだ?」


「みんながいたら話せないこともあるかも……」


俺は少し身構える。

デジデジは、ゆっくり言った。


「さっき祖父に話を聞きにいったとき……しゃもしゃものことは殺したくないってことも伝えたんだ」


「……うん」


言えたのか。

あの爺さん相手に。

それだけで、どれだけ勇気が必要だったか、俺にだって想像がつく。


「でもダメだった……命令は変わらないって。もし僕が殺せなくても、代わりに別の奴に頼むだけだって」


胸の奥が、ぐっと痛んだ。


「そんな……!」


「だからとりあえず……僕が殺すってことで出てきた」


デジデジは、自分の指をぎゅっと握りしめる。


「他の人に刺客を送り込まれるよりは……とりあえず時間は稼げるし」


時間稼ぎ。

その言葉が、やけに生々しい。


「でももし健人を助け出せても……僕がしゃもしゃもを殺さなくても……しゃもしゃもはまた誰かに命を狙われる」


デジデジは小さく首を振った。


「こんなこと、しゃもしゃもには言えない。なんて言えばいいのかわからない……」


「……そうだな」


俺は拳を握った。爪が掌に食い込む。


「……クソ! なんとかできないのかよ……!」


「……無理だよ」


デジデジは、乾いた声で言った。


「え?」


「松川会の団員数は四千八百人。ここらへんじゃ二番目に大きい組だよ。そんな大人数相手に、僕たちが何かできるわけない」


「お前、何弱気になってんだよ!」


俺は思わず声を荒げた。


「大丈夫だ! たぶん何かいい方法があるはずだ! だからっ――」


「怖いんだ!」


その一言が、部屋の空気を切り裂いた。

俺の言葉が、喉の奥で止まる。


「……怖い?」


デジデジは、目を逸らしたまま、絞り出すように続ける。


「怖いんだ……昔から祖父は、僕が家業をうまくこなせないとき、いつも叩いたり怒鳴ったりしてきた」


「祖父を前にすると足がすくむ。また殴られんじゃないかって怖くて。だからずっと祖父に従って……人に言えないような悪いことも、たくさんしてきた」


俺の頭に血が上る。


「なんだよそのクソジジィ! 最悪じゃねぇかよ!」


怒りが先に出て、言葉が止まらない。


「そんなの怖くて当たり前だろ! デジデジは悪くねぇよ!」


「違う……」


「……違うって、何が?」


デジデジは唇を噛み、目を伏せた。


「さっき、祖父のところで『しゃもしゃもを殺したくない』って言ったとき……すごい剣幕で怒鳴られた。杖で何度も殴られたよ」


「やっぱりジジィ最低じゃないかよ!!」


「……最低なのは、僕なんだよ」


「え?」


デジデジは、震える声で告げた。


「僕……さっき祖父に殴られてるとき……やっぱり、しゃもしゃものこと殺さなきゃって……思っちゃった」


言葉が、俺の体温を一気に奪った。


「デジデジ……?」


「もちろんすぐに、そんなのダメだって思い直したよ。でも……ほんの一瞬、思っちゃったんだ。しゃもしゃもを殺せば、この苦しみから逃れられるのかなって」


俺は、何も言えなかった。

胸の奥に、重たい沈黙が落ちる。


デジデジは、言葉を続ける。


「最低なのは僕も一緒なんだよ……自分が助かりたいがために、人を殺そうとしてたんだ」


「もし僕が跡取りとしてちゃんと家業をこなせなかったら……もし僕が使い物にならないって祖父が判断したら……」


「祖父は今度は、弟の健人の方に目を付けるかもしれない。兄が死んで、僕に白羽の矢が立った時みたいに」


デジデジは、苦しそうに息を吸った。


「だから僕は、『汚いことも嫌なことも全部やらなきゃいけないんだ』『健人を守るためにやらなきゃいけないんだ』って思って、辛いことにも耐えてきた」


「……って、思い込みたかった。でもたぶん本当は違うんだ」


「本当は自分が助かりたかっただけ。言われた通りにしないとまた殴られるから、それが怖くて従ってきただけ……」


そしてデジデジは、目を潤ませたまま、俺を見た。


「燈真君、昨日交番に行く途中とかにさ……僕のこと、いいやつだって言ってくれたでしょ?」


「……うん」


「僕はいいやつなんかじゃないよ。ただ人と揉めるのが嫌なだけ。揉めて自分が傷つくのが嫌なだけ」


「だから相手に近づき過ぎないように、適度な距離感を保って、当たり障りのいいことだけ言って、体裁を保ってるんだ」


「……僕はただ、臆病で卑怯なだけだよ。いいやつなんかじゃない」


自分を切り刻むみたいな言い方だった。


「……ごめんね。君は僕と違って真っすぐな人だから。たぶん“いいやつ”って言うのは、君みたいな人のことを言うんだよ」


「……僕みたいなのは、君のそばにいるべきじゃない」


――瞬間、胸の奥が、ぐしゃっと潰れた。


「……ふざけんなよ」


「え?」


「ふざけんなよ! そばにいない方がいいとかっ!」


俺は声を震わせながら、吐き出した。


挿絵(By みてみん)

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