第80話 調査開始
体がふわふわして、意識だけが置いてけぼりになってる。
遠くで誰かが俺の名前を呼んだ気がして、まぶたを開けた。
「ほら、起きろ。家に着いたぞ」
ジペットの声。
え、家? もう? っていうか、なんか変な夢見てた気がする。口が勝手に――
「えぇ……? ちん……」
言いかけたところで、頭に軽く衝撃が入った。
「なに寝ぼけてんだな!! ほら起きるんだ!」
「痛いっ……! お、起きるよぉ……」
目が覚めると、車は俺んちの前に停まってた。
外はいつのまにか薄暗い。時間の感覚がぐちゃぐちゃだ。
玄関の鍵を開けて中へ入る。
……家族は全員出払ってて、家の中は静まり返っていた。
みんなを連れて自室へ上がると、ようやく空気が緩んだ。
「ふぅ。なんかやっと落ち着いたね」
ゼロが伸びをしながら息を吐く。
「……そうだね」
デジデジも、目元を揉みながら小さく頷いた。
――腹、減ってんな。
「そういや俺たち昼飯まだだったな。俺、なんか作ってくるぜ。ちょっと待っててくれ」
立ち上がりかけて、思い出す。
ししゃも。がパソコン借りたいって言ってた。
「あっ、ししゃも。、パソコンそこにあるやつ勝手に使ってくれ……って、パスワード解除しねぇとダメか。ちょっと待ってくれ」
机の上のノートPCを起動して、指が覚えてるパスコードを入れる。
画面が開いたのを確認して、ししゃも。に差し出した。
「ほら」
「ありがちょー。ついでに燈真きゅんのエロサイトの閲覧履歴も見とくね」
「俺、スマホで見てるからそっちには閲覧履歴残ってねぇぞ。でもな、おすすめの動画があってな。裸になった男たちが6人ぐらい横一列に並んでてよ!」
「おい!そういう話はやめるんだな!性的なコンテンツは許可されないんだ!」
ジペットが即座に遮った。
「……わ、わかったよ!そんな怒んなよ……!」
「怒ってない。これは警告だ!」
「よくわかんねぇけど……とりあえず飯作ってくるな」
「いってらっしゃーい」
ゼロに軽く見送られて、俺は台所へ向かった。
冷蔵庫を開けて、材料を確認する。
生めんがあった。鶏もも肉もある。よし、つけ麺にするか。
湯を沸かして麺を茹で、鶏ももは軽く下味をつけて、熱を通してから薄く切る。
つけ汁は市販ベースに少しだけアレンジ。味変用におろししょうがとニンニクを別皿に盛る。
完成したところでみんなをリビングに呼ぶ。
「おう!うまいな!燈真は料理上手だな!!」
ジペットが遠慮なくズルズルいく。
「うん、おいしー!」
ゼロも嬉しそうだ。
「そうか? ならよかったぜ!」
「お肉が柔らかくていいね」
デジデジが、丁寧に感想を言う。
ししゃも。は一口すすってから、ふん、と鼻を鳴らした。
「ふーん、やるやん。まぁししゃも。には負けるけどっ!」
「お前は一言多いな!」
言い返すと、ししゃも。が口の端だけ上げた。
飯を食い終えたあと、俺たちはそのままリビングで輪になって、今後の動き方を整理した。
ゼロが指を一本立てながら言う。
「とりあえず今後の活動方針だけど、第一優先はデイジーの弟で、ししゃも。の友だちでもある清水健人くんを救出すること」
「おう!」
「大丈夫だ!」
俺も頷く。
「うん」
ししゃも。も小さく返事をした。
「OKだよ」
デジデジも、いつもの冷静さを取り戻している。
「僕たちができることは限られてるから、進められるものは同時並行で進めていこう」
ゼロは続けた。
「ジペットは一度公安本部に戻って、警察の捜索優先度を上げるようプッシュして。たぶん状況的に“家出レベル”でしか動いてない」
ジペットが頷く。
「了解だぜ! あとは、ししゃも。に届いたメールの添付画像から場所が特定できないかも探ってみる」
「OK。じゃあ僕はダメ元で、メールの送信者を調べる。VPNとかで秘匿されてる可能性が高いけど……。あとUSBの件も任せて」
「うん、お願い」
ししゃも。の返事が少しだけ小さかった。
俺は思わず口を挟む。
「そういえば、あのUSBどうだったんだ?」
ゼロが苦笑する。
「USB自体は認識されたんだけど、パスワードがかかってて中身までは確かめられなかったんだ。本部に戻れば解析システムが使えるから、それで解除できないか僕が試してみる」
「そうか……。無事に解除できるといいな」
「うん」
ししゃも。がUSBを胸元に寄せる。その仕草が、妙に痛々しかった。
ジペットが声を落として言った。
「……後は、一応状況の整理をしとくか」
「ししゃも。宛のメールには、命令に背いたら健人を殺すと書いてあった。で、デジデジには爺さんから“ししゃも。を殺せ”って命令が来てる」
「命令とほぼ同時期に健人が施設からいなくなった。だからデジデジは“殺しを遂行できなければ健人を殺すって脅し”と受け取ったわけだな」
ジペットはそこで一度区切って、顎に手を当てた。
「ただ……これは早とちりの可能性もある。爺さんは健人のことをデジデジに話していない。脅したいなら、普通は言ってくる」
デジデジが静かに頷く。
「祖父は、真世教団から依頼があったと言っていた。でもそれも嘘かもしれない。祖父と真世教団の間にいざこざがあって……祖父が妨害しようとしてる可能性もある」
淡々と話してるのに、言葉の内容が重い。
「でも、健人の状況を把握してるのは、しゃもしゃもにメールしてきた奴らだと思う。だから救出はそっちを主軸に考えていい」
「研究機材と研究データの回収を指示してきたってことは、次は“受け渡し”を要求してくるはずだ」
「研究データを手に入れるまでは相手も迂闊に健人に手を出せない……はず。次の指示があるまでに、健人の無事を確認できれば……」
ゼロがすぐ引き継ぐ。
「ししゃも。、研究データを回収した報告と、一度健人の無事を確認させてほしい旨のメールを送ってもらえるかな?」
「うん、わかった」
ししゃも。がスマホを取り出してそそくさと操作し始める。
ジペットが視線を巡らせた。
「他に今この段階でできることはあるか?」
その瞬間、俺の頭に引っかかってた違和感が形になった。
「健人宛に何かメールが届いてるかどうかって調べられないか?」
全員の視線が俺に集まる。
「今時点で監禁されてるとしても、最初は自分で出ていったんだよな? それなら……ししゃも。みたいにメールが届いてるかもしれねぇだろ」
ジペットが大きく頷いた。
「あぁそうだな!それは俺が調べてみる。ししゃも。、健人が普段使ってるメールアドレス知ってたら教えてくれ」
「わかった!」
俺はもう一つ、踏み込みたいことを言う。
「あと……デジデジの爺ちゃんに健人のことを確認してみるのはどうだ? 誘拐に関わってるなら、直接聞いた方が早くねぇか?」
デジデジの表情がほんの一瞬だけ曇った。
「……そうだね。聞いてみるよ」
「どうした?」
「いや……祖父と話したいか話したくないかで言ったら、話したくはない。でも、今はそんな状況じゃないし確認する。……本当はもっと早く確認すればよかったね」
「悪ぃな……。でも無理はすんな」
あと気になることは……
「ししゃも。の母ちゃんと父ちゃんについて調べてみるのはどうだ?」
ゼロが頷いた。
「そうだね。事件当時の資料は結構あるはずだから、もう一度洗い直してみよう。新しい発見があるかもしれない。これは僕が調べる」
ジペットが拳を軽く握った。
「よし……いったんそんな感じだな。各々、他にもできそうなことがあったらやろう。危なくない範囲でな」
「了解!」
声が重なった瞬間、部屋の空気がほんの少しだけ、前を向いた気がした。




