第76話 松川家
ジペットが腕を組んだまま、視線をデジデジに戻す。
「それで、デジデジの家族はその後どうなったんだ?」
「うん。最終的には・・・母と兄は死んで、僕が兄の代わりに松川会の跡取り候補として育てられることになった。」
「・・・・・・。」
俺は言葉が出なかった。
デジデジは続ける。淡々と、でも時々、喉が詰まるみたいに。
「まず、現組長である僕の祖父は、父が公安のスパイだったことに相当腹を立てていた。まぁそりゃそうだって感じだけど。」
「それと同じく、父が公安のスパイだと知りながら松川家に婿養子として迎え入れるように仕向けた母に対しても相当な憎悪を抱いていた。」
「祖父は母を尋問し、父と母が松川会の壊滅を企てていたことを聞き出した。」
「それで、もう堪忍袋の緒が切れたって感じだったんだろうね。祖父は母に薬物を投与した。まぁドラッグってやつだね。」
「みんな知ってると思うけど、ドラッグには依存性がある。祖父は母にそれを投与することで、松川会から逃げられないようにしたんだ。もし松川会から離れたら、ドラッグを手に入れられなくなっちゃうからね。」
「そんなっ!実の娘じゃないのかよ!!!」
「そうだね。でも祖父からしたら母の行為は父であり、松川の家の組長でもある自分への最大の裏切り行為だった。」
「松川家としたら、もう許せる範疇を超えていたんだよ。むしろすぐに母のことを殺さなかっただけ父としての温情があったのかもしれない。」
「なんだよそれ・・・。」
デジデジは一度だけ目を伏せ、続ける。
「・・・・・・。兄に関しては、そのまま松川家の跡取り候補として育てられることになった。」
ししゃも。が眉を寄せる。
「自分を裏切った公安のスパイの息子だったのに?」
「うん。理由はいくつか考えられる。」
デジデジは、落ち着いた声で整理するように言った。
「まず、祖父から母や父に対する報復。祖父は母や父が松川会の壊滅と、いつか家族で平穏に暮らすことを願っていたことを知った。だから逆に、兄を跡取りにすることで両親の願いが絶対に敵わないようにしようとした。」
「自分たちの愛する息子が、自分たちの嫌う松川会の跡取りになる。母と父からしたら最悪のシナリオだよ。」
「最っ低・・・。」
「二つ目の理由は、松川会が血筋を重んじる家だったこと。父が公安のスパイだったとはいえ、松川家の血が流れていることには変わらない。年齢的に、新しい婿養子を迎え入れて母に新しい子を産ませることも難しかった。」
「三つ目の理由は・・・、兄が松川会の跡取りとして優秀だったから。」
デジデジは少しだけ、遠くを見る目をした。
「兄はすごく賢くて、現場に出ても物怖じしない度胸もあった。もともと祖父は兄のことをすごく気に入っていたんだよ。組の連中からも一目置かれてたんだ。」
「それに・・・」
「それに・・・?」
「兄は、父が死んだときも特に悲しそうなそぶりを見せなかったんだよ。父の死をまるでなんとも思っていないようだった。何を考えているかわからない人だった。」
「僕はそんな兄が怖くて、少し苦手だったよ。」
「・・・・・・。」
俺は、ただ黙って聞くことしかできない。
「ごめん、ちょっと関係ない話しちゃった。」
「それから、兄だけを松川家に残して、僕と弟の健人はそれぞれ別々の児童養護施設に送られることになった。」
「別々の場所に送られたのは、祖父からの嫌がらせだね。家族をバラバラにしたかったんだと思う。」
「祖父はもう、母に僕たちと会わせるつもりはなかったと思うんだけど、松川会の中に優しい女性がいてね。僕はその人のことをお姉ちゃんって呼んでた。今思うと、彼女も公安のスパイだったのかもしれない。」
「彼女が祖父に隠れて母と僕たちが会う手はずを整えてくれて、僕はちょくちょく母や弟と面会することができてたんだ。」
「兄はたまに母と一緒に来て顔を合わせる程度だった。」
「僕は少ないながらも、母と会える日をいつも楽しみにしてた。最初のうちは・・・」
「なにか・・・あったんだな?」
「・・・うん。」
デジデジは小さく頷く。
「母も心の強い人だったから、父が死んだ後も僕たちの前では気丈にふるまってたんだよ。」
「でも、たぶん祖父に投与されたドラッグの影響もあったんだと思う。徐々にやつれていって、精神状況もおかしくなっていってた。」
「僕はどんどん壊れていく母の姿を見るのが怖くて、いつしか母と会うのが億劫になった。」
「ある面会の日、珍しく兄も面会に来ていて、僕たちは久々に家族4人そろって公園に行くことになったんだ。」
「その日、母は妙に落ち着いているように思えた。家族でベンチに座りながら、公園の池をゆったり眺めていた。」
「僕は久しぶりに穏やかに家族と過ごせている気がして嬉しかったよ。」
デジデジは一瞬、唇を噛む。
「でも、そんな時間は長く続かなかった。」
「突然母が兄を銃で撃ったんだよ。」
「え・・・?」
「母は家族全員がそろったその日に、無理心中を図るつもりだったみたい。」
「母が僕と健人の方に近づいて来て、今度は僕に銃を向けてきた。」
「母はずっと何かを叫ぶように言っていた気がするけど、僕は怖くて何を言ってるのか理解する余裕もなかった。それにショックでそのときのことはあまり覚えてなくて。」
「ただ、殺されるって思ったときに、発砲音が聞こえて来て、気が付いたら母が血を流して倒れていた。」
「兄がまだかろうじて生きていて、銃で母を撃ったんだ。」
「兄は母が地面に倒れた後も、何度も何度も母のことを撃っていた。」
「『死ね!死ね!』って、そんな感じでデカい声を出しながら、怖い顔でずっと母を撃ち続けていた。」
「僕は健人を連れてその場から逃げ出して・・・。そのあとのことはあんまり覚えてないけど、たぶん誰かに助けてもらったんだと思う。」
「ちょっとしてから、兄と母がそのとき亡くなったことを知った。」
「僕はその後、兄の代わりに松川家に呼び戻された。」
「祖父とは一緒に暮らさずに一人暮らしをしてるけど、家業を手伝わされてる。」
「そんなことがあったのか・・・」
俺の声は、かすれていた。
「ごめん、俺なにも知らなかったからお前に何か嫌なこと言っちまってたかもしれない。」
「いいよ。話してなかったのは僕の方なんだから。燈真君はなにも気にしないで。」
ししゃも。は目を伏せて黙り込んだ。




