第71話 吐き気
「なんでわざわざ、ししゃも。にこんなことさせるんだろうな?」
俺は率直な疑問を口にした。
「え?」
ししゃも。がこちらを向く。俺はそのまま言葉を続けようとした。
「だっておかしいだろ。お前まだ――」
その途中で、ポケットのスマホが震えた。
着信。画面を見る。
……Gからだ。
嫌な予感が、背中を這い上がる。
「悪い! ちょっと先に話しててくれ!」
言い終わるより早く、俺は部屋の隅に移動しながら電話に出た。
「もしもし!」
「燈真先輩……」
Gのか細い声が、胸をざわつかせる。
「……なにかあったんだな?」
喉が鳴る。唾を飲み込み、返事を待つ。
「……また、世界が変わったみたいです。……今から十分くらい先。……でも、僕のほうでは何も起きていません。……あのときみたいな、悲惨な状態は……」
「じゃあ、なんで……?」
「……わかりません。……なので、とりあえず燈真先輩の記憶を確認したいです」
「ビデオ通話にすればいいんだな? ちょっと待ってくれ!」
返事を待たず、俺はテレビ電話に切り替えた。
画面に映るGは無表情で、それでもどこか不安そうだった。
「……確認します。……そのまま、動かないで」
数秒の沈黙。
部屋の中央から話し合う声が聞こえるが、内容はまったく頭に入らない。
「…………」
「……見えたか?」
不安に耐えきれず、俺は問いかけた。
「……はい。……見えました。……今から燈真先輩に書き込みます。……でも、少し覚悟してください。……できる限り、記憶を客観視して」
――また誰かが死んだのか?
そうでなくても、ろくなことじゃない。
客観視なんて、どうやればいいのかわからない。
……でも、やるしかない。
「……やってくれ」
「……わかりました。……僕から目をそらさないで」
呼吸まで止めて、俺はGの黒い瞳を見つめた。
「……3……2……1……」
次の瞬間、視界が塗り潰される。
赤黒い液体。
血と、脳髄と、透明で黄色がかった何か。
ぐちゃぐちゃに潰れ、原型を失った顔面。
鼻も、目も、口も判別できない。
片方の眼球は見当たらず、もう存在しない。
裂けた口は、本来目があったはずの位置まで伸び、
めくれ上がった皮膚の下から、ピンク色の肉が露出している。
その中に、金属片のようなものが一瞬、光を反射した。
「……うぅっ!」
胃が反転する。
吐き気に襲われ、思わずえづいた。
口元を押さえたが、視界が揺れ、そのまま膝をつく。
ガシャン――。
耳障りな音。
スマホを落としたらしい。
「燈真っ! 大丈夫か、燈真っ!!」
低く腹に響く声が近づいてくる。
……風路兄ちゃんだ。
ほかのみんなの足音も重なる。
「燈真! 具合が悪いのか?」
肩を抱かれ、見上げると、心配そうな目がそこにあった。
その優しさに、ようやく現実に引き戻される。
「……ちょっと立ちくらみしただけだ。大丈夫」
「無理するな。こっちで横になれ」
言い終わる前に、身体がふわりと浮いた。
――お姫様だっこ!?
「か、風路兄ちゃん!? 俺、大丈夫だって……//」
「何かあってからじゃ遅い」
真剣な目。伝わる体温。
恥ずかしいのに、なぜか心地いい。
「ひゃ……ひゃい……//」
そのままソファーに寝かされる。
「燈真くん、大丈夫!?」
「平気か?」
ゼロとジペットが声をかけてくる。
「大丈夫だ。心配かけて悪い」
するとすぐ、風路兄ちゃんが言った。
「謝るな。気を張ってたんだろ。お前はまだ高校生だ」
そして二人を睨む。
「こんなところに燈真を連れてくるなんて……」
「あははは……」
気まずそうな笑い。
「燈真、水だ。飲めるか? 無理なら俺が口移しで――」
「だぁっ!! 飲めまる!! 飲みます!!」
慌ててペットボトルを受け取り、一気に半分以上飲み干す。
はぁ……。
「ありがとう、風路兄ちゃん」
「お前のためなら、なんだってしてやる」
真剣な目。
顔が熱くなる。
「みんなも、ありがとうな」
視線をそらすと、ししゃも。が俯いていた。
「……ごめん、燈真きゅん。ししゃも。のせいで……」
「……ししゃも。、こっち来い」
近づいてきた腕を引き寄せる。
手錠のせいでバランスを崩し、俺の上に倒れ込んできた。
でも、それでいい。
俺はししゃも。を抱きしめた。
「ちょっ……!? なんで!?」
「生きてるなら、それでいい」
「意味わかんないんだけど……// 離して?」
抵抗は弱い。
俺はそのまま頭を撫でる。
――ちゃんと、ここにいる。
「やめてってば……//」
ゴホン。
「そろそろ離れろ、クソガキ。燈真は体調不良だ」
風路兄ちゃんの目が鋭い。
「えー? でも燈真きゅんが離してくれなくてぇ~?」
「なんだと?」
「あーん?」
……やばい。
俺は慌ててししゃも。を離し、残りの水を一気に飲み干した。
「見てくれ! もう元気だ!」
腕に力を入れてポーズを決める。
「……燈真……愛らしい……」
「元気になったならよかった」
場の空気が、ようやく落ち着く。
……そして。
視線の先に、デジデジがいた。
顔色が悪い。
さっきから、ほとんど喋っていない。
――見えてなかった。
「よかった……このまま……なら……」
記憶の底から、声が蘇る。
俺は、向き合わなきゃいけない。
「デジデジ」
俺は、その名前を呼んだ。




