第70話 狂気
「デジデジ、お前っ!」
ジペットの怒声が飛ぶ。
「……デイジー……」
ゼロの声は震えていた。
「ここいらが……いい引き際かな……」
デジデジは、まるで独り言のようにそう呟いた。
「なに言ってんだよ……!」
俺は思わず叫んでいた。
「全然わかんねぇよ!! なんでお前までそんなもん持ってんだよ!!」
そのとき、風路が目を細めてデジデジを睨んだ。
「……そうか、お前……。どこかで見覚えがあると思ったら、松川のところのガキか!」
「松川って……まさか!!?」
「そうだよ」
デジデジはあっさりとうなずいた。
「僕は、君たちが今調べている暴力団『松川会』の組長、松川剛一郎の孫。松川会の次期組長候補だ」
「そんな……!」
「……お前、それだと本名、松川デジデジってことになるんだぞ!? そんな野球選手みたいな名前で本当にいいのか!?」
「燈真、黙れ!」
ジペットが一喝する。
俺だってそんなふざけた話をしたいわけじゃない。ただ、何かの冗談だって思いたかった。
ゼロは震える声で問いかけた。
「……デイジー。どうして? どうして、こんなことをするの……?」
ゼロとジペットの二人は同時に懐から銃を抜き、デジデジへ向ける。
「どうして……か……」
デジデジは視線を伏せたまま、静かに言った。
「ジペット君も、ゼロ君も……僕が松川の人間だって、前から知ってたよね。松川の人間が、どんな連中かも」
「それは……っ」
「自分たちの利益のためなら、なんでもやる。恐喝も、詐欺も、殺しも」
淡々とした声だった。
「それで……僕も、ただ松川の人間だった。それだけだよ」
「意味わかんねぇよ!!」
俺は食い下がる。
「なぁ!? お前だって、なにか事情があってこんなことしてるんだろ!?」
「……別に」
デジデジは冷たく言った。
「キミに話すようなことは、なにもない」
「……なんだよ、それ」
胸の奥が、ひどく苦しかった。
「ししゃも。も……デジデジも……なんなんだよ!!
なんで誰も、なにも話そうとしねぇんだよ……!」
言葉が止まらない。
「俺は……そんなに頼りにならねぇのかよ……。
俺は、お前らの役に立ちたいんだ……!」
俺は、必死だった。
「なぁデジデジ。俺はお前のこと、友だちだと思ってる。……お前は違うのか?」
「……友だちだからって、なんでも話すわけじゃないよ」
少し間を置いて、デジデジは言った。
「程よい距離感って、大事でしょ?」
「……そうか」
不思議と、胸が少しだけ軽くなった。
「じゃあ、ちゃんと友だちだとは思ってくれてるんだな」
「…………」
「なぁ、デジデジ。何がお前をそうさせてるんだ。話してくれよ」
「僕は……」
デジデジの声が、かすれた。
「ししゃも。を、殺さないといけない」
「だから理由を言えよ!!」
「…………」
デジデジは目を伏せ、黙り込む。
その沈黙を、ぶち壊すように。
「……はぁ。だる……」
ししゃも。が吐き捨てた。
「ししゃも。?」
「お前さぁ。殺したいなら、さっさと殺せよ」
その声は、異様なほど冷えていた。
「……っ!」
「最初から気づいてたよ。お前が怪しいって」
ししゃも。は続ける。
「正体を知ったのは、ここに来る前。メールの相手に、お前の写真と名前を送ったら、すぐ返ってきた。
松川会の組長の親族だってな」
「……そう」
「昨日、両親が殺された話をしたのは、信用してたからじゃない」
ししゃも。はふっとあざけるように笑った。
「どんな反応するか、見たかっただけ」
「…………」
「心配そうな顔してさ。『大丈夫?』とか、『話してくれてありがとう』とか言って。
泣いてるししゃも。の肩までさすって」
乾いた笑いが、部屋に響く。
「あはははははははっ!!」
「なぁ? どんな気持ちだった?」
声が、徐々に荒れていく。
「お前の親族が、ししゃも。の両親殺したって聞いて、なに考えてたの?」
「…………」
「なんとか言えよ!!」
叫びが部屋の空気を揺らす。
「この人殺し――――っ!!!!」
「落ち着け、ししゃも。!」
俺は叫んだ。デジデジがししゃも。の両親を殺したわけじゃない。
怒りで周りが見えなくなっているししゃも。を止めた。
「うるせぇ!!!!」
ししゃも。は泣き叫ぶ。
「こいつらが……ししゃも。のママとパパを殺したんだ!!
返せよ……返してよ!!」
声が、次第に崩れていく。
「ししゃも。の……普通の幸せを……返して……」
俯いたまま、床を見つめる。
ししゃも。の声が……表情が……俺の心臓を突き刺してくる。このままにしちゃいけない。
俺が駆け寄ろうとした瞬間――
ししゃも。は勢いよく立ち上がり、デジデジとの距離を詰めた。
「被害者面して黙ってんじゃねぇよ」
その目は、ただデジデジだけを射抜いていた。
「被害者はこっち。お前は加害者なんだよ」
言葉は止まらない。
「自分でなにもしないくせに、誰かに理解してもらえるの待ってるやつ。
それが今のお前だ」
「……ふっ」
デジデジが、かすかに笑った。
「随分な言われようだね」
「なにも弁明しないからだろ」
「……まぁね。ないよ。弁明することなんて」
「……じゃあ聞くけど」
ししゃも。が鋭く睨む。
「リサイクルショップの店長、殺したのはお前?」
「……まぁ、そうだね」
「嘘だろっ!!」
思わず、大きな声で叫ぶ。
「燈真きゅん、黙ってて」
ししゃも。の声は、静かだった。
「もう一回聞く。
お前が引き金を引いて、殺したの?」
「それは……」
「はぁ……ホントめんどくさい。」
ししゃも。は深く息を吐く。
「お前、どうせ殺してないだろ?大方、自分の嘘がバレないように、監視カメラの映像の削除を他のやつに依頼したら、殺人までおまけでついてきましたーって感じじゃないの?」
「……そうだね」
「やっぱり」
嘲笑が浮かぶ。
「はぁ……お前さぁ。悪役ぶってるけど人殺したことないだろ?」
ししゃも。はため息を一つついて続ける。
「ししゃも。を殺すのが目的なら、殺す機会なんていくらでもあった。で、自分の嘘がバレたこのタイミングで切羽詰まってやっと銃取り出すとか...どんだけアホなんだよ。」
デジデジの目線が小刻みに揺れる。
「僕がキミのこと殺せないと思ってる?殺せるよ、僕はキミを殺さなきゃいけないんだから。」
「だったら早く殺せよ。ほらっ・・・さっさと殺せ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ししゃも。は自ら銃口の眼前に詰め寄る――
そして、銃先がししゃも。の額を掠めた。
「なにやってんの!?」
「バカッ!!」
ゼロとジペットが怒鳴る。
「殺せ!!!!」
叫びが、裂ける。
「早く殺せっ!! この殺人童貞野郎が!!!!」
デジデジは殺しなんてしない……でもっ!
「――――っ!!」
デジデジの理性が、壊れる音がした。
「あああああああああああああああああああああああ!!!!」
叫び声が俺の心臓を握りつぶす。
「ダメだ!!」
俺は飛び出した。ししゃも。の額にあてがわれた銃先に触れた瞬間。
――パンッ!!
銃声が、すべてを切り裂いた。
ししゃも。の身体が崩れ落ちる。
血が、床に広がっていく。
すぐに俺の足元にまで、赤い海が届いた。
「俺が……俺が触ったから……」
笑い声が響く。
「はは……ははははは……」
「あははははははははははははは…………」
「やったよ……!
僕、ちゃんと殺せた!!」
デジデジは、泣き笑いのまま叫ぶ。
「これで健人は助かる!
お兄ちゃん頑張ったんだ!
いっぱい殺すからね!!」
――パンッ!!パンッ!!
デジデジは笑いながら、すでに動かなくなったししゃも。に向けて何度も銃を撃つ。
「やめっ……やめてくれっ!! 」
これ以上ししゃも。を痛めつけないでくれ!
俺はししゃも。の頭を抱えるように覆いかぶさった。
「燈真くん危ないっ!」
「燈真っ!」
――パンッ!!パンッ!!パンッ!!
「あははははははははははははははははは……!」
遠のく意識の中で、掠れた笑い声だけがやけに耳にこびりついた。




