第64話 後悔
「おやっさん! いま部屋の中から銃声のようなものが……!」
「なんだと!?」
護衛班からの無線報告に、おやっさんが苛立ち混じりの声で応える。
……始まったんだな。
俺の手のひらは、冷たいのにやけに汗ばんでいて気持ち悪い。
おやっさんは、勢いよく車のドアを開けて外へ飛び出す。
「お前はそこで待っていろ!!」
走り出しながら、俺に短く怒鳴ると、そのまま事務所ビルの中へと消えていった。
俺は緊張で強張った肩を上にあげてからストンっと落とし、身体のコンディションを整える。
……行こう。
俺はおやっさんの後を追うようにビルへ向かって駆け出す。俺を制止する人は今はいない。
銃声が聞こえてからししゃも。たちがいる部屋に到着するまでのタイミングが前回と大きくずれないよう、走るペースを調整する。
ビルの入口を突っ切り、階段を6階まで駆け上がる。
6階の廊下には、すでに暴力団員と警察がごった返していた。前回と同じだ。
俺は前回使った窓へとまっすぐ向かい、そこからビルの外壁へ出る。
排水パイプや窓枠のくぼみに足をかけながら目的の部屋へ進んでいく。
ルートはもうわかっている。
俺は焦って落ちないようにだけ気を配る。いま落ちたらすべてが台無しだ!
目的の窓にたどり着く。ブラインドが下りていて中は見えない。
この部屋だ。
俺は窓を思い切り蹴りつけた。
ガシャァンッ!!
ガラスが一気に砕け散り、鋭い音が部屋中に響く。その破片の中を、俺は叫びながら飛び込んだ。
「ししゃも。ーーーーっ!!!!!!」
足元でガラスが砕ける音を聞きながら顔を上げる。
目に飛び込んできた光景は――俺が想像していた通りのものだ。
……よかった。少なくとも、俺の知っている最悪の形にはなっていない。
「……燈真くん!?」
「燈真っ……!」
ゼロとジペットが、驚愕の表情でこちらを見る。
ししゃも。は、一瞬だけ俺の方へ横目を向けると、すぐに前へと視線を戻した。
その手には、銃。
銃口の先には、スーツの男...黒崎風路。
ジペットとゼロも、ししゃも。に向けて銃を構えていた。
「お前……燈真……か??」
「......。」
前回同様、風路から名前を呼ばれる。
どうして俺の名前を知っているのか気がかりだ。
……でも今は、ししゃも。から銃を奪うのが先だ。
銃を奪うタイミングは決めてある。ししゃも。が俺に銃を向けなおしたあとだ。
そうじゃないと、もみ合いになったときに銃が発砲されて他のやつにあたるかもしれない。
ししゃも。に人を殺させたくない。
「燈真きゅん! そこにいたら危ないっ! ししゃも。の後ろに来て!! 早く!!!」
「...どういうことなんだ?」
俺は記憶を頼りに、前回と同じ問答を繰り返す。
ししゃも。が銃を俺に向けなおすタイミングまで。
この部屋にいる全員の主義主張が怒号交じりに飛び交う。
「ねぇ燈真きゅん!! お願い信じて!!!」
「燈真、俺たちを信じてくれ! 俺たちはお前の味方だ!!」
「燈真くんっ! 騙されないで! お願い!!」
「…………」
……ここだ。このタイミングで俺は、「ジペットとゼロの話を信じる。」と伝えた。
……つまり、ししゃも。のことは信じてやれなかった。
ここでまた、ひとこと同じセリフを言えばいい。
それだけで、世界は俺が知っている通りに動く。
ししゃも。が俺に銃を向ける。そしたら俺が銃を奪う。それだけだ。
それだけでこの場は無事に切り抜けられる。......そうだよな??
……また同じセリフを言えばいい。
瞬間、脳裏にあのときのししゃも。の顔がよぎる。
「そうだよね...信じてくれるわけないよね...ししゃも。のことなんて......。」
俯いた肩が、小さく震えていた。
「うるさいっ!・・・うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!!」
耳をつんざくような叫び。涙でにじんだ目で俺を睨みつけるししゃも。の顔。
「ししゃも。のこと信じてないくせに!!! 本当はどうでもいいと思ってるくせに!!! かわいそうな人を見るような顔してんじゃねぇよ!!!!!」
刃物みたいな言葉。
「・・・・もういい...。もう...全部どうでもいい...。」
すべてを諦めて投げ出したような、小さく、力なく、ため息交じりの声。
……。
俺、馬鹿だ。
ししゃも。が銃を奪うことがわかってんなら、ししゃも。と一緒にここに来てれば、コイツより早く銃奪うことだってできただろう。
さっきみんなが言い合っているときだって、銃を奪う隙はいくらでもあったはずだ。
もっともらしい理由を付けてここまで来たけど、結局俺が後悔してただけだ。
あのときししゃも。のことを信じてやれなかったことを。
ただやり直したかっただけだ。
……ごめんな、ししゃも。。
あのとき信じてやれなくて。
俺は握りしめていた拳からふっと力を抜いて、ししゃも。の顔を見る。
ゴクリと喉を鳴らすが、口の中が乾いて飲み込むつばもない。
「俺は……ししゃも。を、信じる」




