第55話 街
あれからどれくらい日がたっただろう?
週末はとうに過ぎたが、俺は学校には行かず、ベッドの上に寝そべって、灯りのついていない天井の照明をぼんやりと眺めている。
それすらも今はうっとうしい。俺は目をつぶり、動かすのも面倒に思いながら、自分の腕で目元を覆った。
暗い視界の中に、あの日の情景が浮かび上がってくる。
心を抉り取るような、悲鳴にも似たししゃも。の泣き叫ぶ声。
焦燥と絶望が混じったゼロとジペットの顔。
手のひらを滑る血の、生ぬるい感触。
――デジデジの死。
現実味のない映像のはずなのに、やけに鮮明に思い出せるその光景が、それを現実のものだと突きつけてくる。
最後はいつもデジデジが死の間際に見せた、あの心底安心しきったような微笑みを思い出す。
俺はその微笑みの意味がわからなくて、理由を探してまた映像の最初に記憶を巻き戻す。
それをずっと繰り返す。
どうしてこんなことになってしまったんだろう?
どうすればよかったんだろう?
「違う...ししゃも。は悪くない..........。ししゃも。は別に撃つつもりなんてなかったのに....!!」
ししゃも。の言葉を思い出す。
アイツは本当に、殺すつもりなんてなかったんだろうか?
あのときししゃも。を信じてあげられていたら、こんなことにはならなかったんだろうか?
あの後すぐにししゃも。の身柄はゼロたちによって拘束され、公安に連行されていった。
何度かゼロとジペットが家に俺の様子を見に来てくれたが、ししゃも。がその後どうなったのかを聞くのが怖くて何も聞けていない。そんな俺を気遣ってか、二人も俺にその話はしようとしてこなかった。
・・・・・。
もう夕方だ。
デジデジの死が悲しくて、自分が何もできない不甲斐なさも、何もできなかった後悔も苛立ちも、ずっと俺の中でぐるぐる回っている。でもまるで考えることを邪魔するように、自分の腹が空腹を知らせてくる。こんなときでも食べないといけないのか。
・・・わかっている。
ずっとこうしているわけにはいかないんだ。
俺は大きく息を吸ってゆっくり吐き出す。
もう一度大きく息を吸う。そしてそれを吐き出す勢いと共にベッドから起き上がる。
そろそろ母ちゃんや颯真たちが帰ってくる時間だ。家族にも心配と迷惑をかけてしまっている。
せめて外面だけでも前を向こう。
とりあえずは夕飯の支度だ。
俺はけだるい体を無理やり動かしてキッチンに向かい、冷蔵庫の中を物色する。
作れなくはないが、夕飯を作ると明日の朝や弁当用の食材が心もとない。
この量だと、もしかしたら母ちゃんが今日仕事帰りにスーパーに寄って帰ってくるつもりなのかもしれない。
ずっと迷惑をかけてしまっているから今日は俺がなんとかしたい。
俺は母ちゃんと買い出しが被らないように、今から買い物に行くことをメッセージアプリで伝えてから家を出た。
外はもう、だいぶ日が落ちてきている。
目に映るものすべてがやけに濃い茜色に映る。いつもなら「綺麗だ」なんて思うのかもしれないが、今の俺にはへばりつく様な赤が心底気色悪い。
いっそ早く日が落ちてしまえばいいのに。
俺はまぶしくて目をそむけたくなる夕日を睨みつけて、早く消えろと心の中で悪態をついた。
でもすぐに、自分のしていることがくだらなく思えてくる。
車のブレーキ、人が行き交う足音と話し声。すべてがいつもより騒がしく感じる。
俺は周りの景色も騒音も感じないで済むように、左右交互に進んでいく自分の靴先をぼんやり見つめ、その靴音だけに意識を集中させて歩く。
・・・・・・。
コツン・・・コツン・・・コツン・・・。
自分の足音が耳の中で反響する。
スーパーには行きなれている。下を見ていたってたどり着けるだろう。
そう思っていたのに・・・。
コツン・・・コツン・・・コッ
俺は足を止めた。
――赤。
目を背けたはずの気色の悪い夕日が、足元にいくつも転がっていた。
……なんだこれ?
その疑問はすぐに解消された。俺の中に根強く残るあの記憶が、すぐにそれがなんなのか正確に導き出したからだ。
血だ。
足元に無数の小さな血だまりが飛び散っている。
なんでこんなところに・・・?
心臓が跳ねる。
俺はゆっくりと視線を足元からあげていく。
あたり一面、血の池だ。
人・・・人・・・血にまみれた無数の人が、地面に転がっている。
それを認識した途端、頭に騒音が響く。
車のクラクション。黒板を引っ掻いたような、耳障りな急ブレーキの音。衝突音。人の泣き叫ぶ声、怒鳴り声。すべてが一斉に押し寄せる。
「あっ....あああああああ.......!!!」
自分の声も騒音の一つとなって重なる。
なんだよこれ!!!何が起きてるんだよ!!!!
包丁を持った男が叫びながら、逃げ惑う人々を刺している。
通り魔!?
違う!それだけじゃない。
店の看板のようなものを振り回して車を破壊する人。
血を吐きながら殴り合う人。
倒れている人の頭をコンクリートブロックで何度も打ち付けている人。
ありとあらゆる破壊行為が目の前で行われている。
まるでニュースで見た海外の暴動のような・・・いや、それ以上に残酷で、もう取り返しのつかないような何かが目の前で行われている。
怖い・・・
たじろいだ足の踵が血だまりを踏んで、ぴちょんと小さな音を鳴らす。
「・・・・・・!!」
いやだっ!!怖い!!!気持ち悪いっ!!!
耳に届いたその小さな音から遠ざかるため、俺は俯きながら走り出した。




