第54話 せめて、いい人で
俺は、喉の奥がひりつくのを感じながら、なんとか言葉を絞り出した。
「俺は・・・ジペットとゼロの話を信じる。」
静まり返った空気の中、その一言だけがやけに大きく響いた気がした。
「燈真っ!!」
「燈真くん・・・!」
ジペットとゼロが同時に叫ぶ。安堵と、なにか別の複雑な感情が混じった声だった。
「・・・そっか...燈真きゅんはししゃも。のこと・・・信じてくれないんだ...。」
ししゃも。が、ぽつりと呟く。
「ししゃも。・・・」
名前を呼んだ瞬間、胸がきゅっと痛んだ。
本当はししゃも。のことも「信じてる」って言ってやりたかった。
でも、俺にはそれができなかった。
頭の片隅に追いやったはずの光景がちらついて、ある疑念が俺の中をよぎって拭えない。
ししゃも。は俺に、『嘘をついている』――
「そうだよね...信じてくれるわけないよね...ししゃも。のことなんて......。」
小さく震える声。俯いたままの肩が、かすかに揺れていた。
「ししゃも。...俺は.......!!」
なにか言おうと口を開いた俺の言葉を、ししゃも。の叫びがかき消す。
「うるさいっ!・・・うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!!」
「……!」
耳をつんざくような叫び。ししゃも。は顔を上げ、涙でにじんだ目で俺を睨みつける。
「ししゃも。のこと信じてないくせに!!! 本当はどうでもいいと思ってるくせに!!! かわいそうな人を見るような顔してんじゃねぇよ!!!!!」
刃物みたいな言葉が、容赦なく突き刺さる。
「ししゃも。を憐れむな!!!! ししゃも。はそういうのが一番ムカつくんだよ!!!!」
拳を握りしめたまま、ししゃも。は息を荒くして叫び続けた。
「・・・・もういい...。もう...全部どうでもいい...。」
すべてを諦めて投げ出したような、小さく、力なく、ため息交じりの声。
その瞬間、ししゃも。の腕がわずかに動いた。
ししゃも。の銃口が、ゆっくりと俺の方を向く。
「・・・っ! ししゃも。っ!!! なんだよそれっ・・・!!」
背筋に冷たいものが走る。心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
「.......銃。」
ししゃも。の細い声が、銃口の先から漏れるみたいに落ちた。
「燈真(燈真くん)っ!!!」
ジペットとゼロが同時に俺の名を叫ぶ。
「このクソガキっ!!!! 卑怯な真似しやがって! ぶち殺してやるっ!!!!」
黒崎風路が歯ぎしりをしながら怒鳴った。先ほどまでの余裕のある落ち着いた声とは違う、怒りと憎しみが混じった怒鳴り声。
椅子から勢いよく立ち上がり、俺たちの方に向かってくる。
だが、その動きをししゃも。の一言が封じる。
「動かないで.......これ、殺すよ??」
冷たい声とともに、ししゃも。は銃口を少し傾け、俺の顔を確実に捉えるように構え直す。
「・・・・っ! この下衆野郎がっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
風路が唸るように吐き捨てるが、動くことはできない。
「......早く渡して。」
ししゃも。は風路の方を見ずに言う。
「・・・・っ!」
風路の喉がひくりと動く。なにかを飲み込んだような仕草だけが返事の代わりだった。
「渡してって...なんの話だ? ししゃも。、なんでお前こんなことするんだ・・・??」
状況が理解できず、思わず問いかけてしまう。
「.........うるさい。」
ししゃも。は俺に向けた銃口だけを見て、俺の目は見ようともしない。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!!!!!」
叫びながら、引き金にかけられた指が白くなるほど力がこもっていく。
「....黙っててよ!!! もう...イライラするっ!!! 死ねっ....死ねぇええええええええ!!!!!!!!!」
ひりついた声。焦点の定まらない目。
・・・あぁ、もうダメなんだ。コイツはもう限界なんだ。
・・・もう引き金が引かれる。
・・・・・・俺は殺される。
自分の死を察したとき、俺の視界に何かが映る。
「・・・っ!?」
ししゃも。の肩が揺れる。そして―――
「バンッ!!!!!!!!」
耳をつんざく銃声。
視界の端で、何かがはじけ飛ぶ。
「!!!!」
俺の目の前で、真っ赤な血が広がっていく。
だが、それは俺の血ではなかった。
「・・・デジデジ...??」
視線を落とすと、そこには見慣れた顔があった。
デジデジが、俺とししゃも。の間を割るような位置に立っていた――いや、立っていられなくなっていた。
「・・・・うっ...!!」
背中側を撃たれたらしく、シャツとその上に着た水色のニットベストの布がじわじわと血の色に染まっていく。
どんどん血が流れ落ち、脚から力が抜けていく。デジデジは、その場に崩れ落ちるように倒れた。
「デジデジっ!! しっかりしてくれ!! デジデジっ!!!!」
俺は慌てて地面に膝をつき、デジデジの身体に這い寄る。震える手が、血でぐしゃぐしゃになった背中に触れた。
「・・・なん...で...。」
ししゃも。が、信じられないものを見るような目で、その光景を見つめていた。
「おいっ! しっかりしろ!!!」
ジペットとゼロも駆け寄り、デジデジの傷口に手を当てて必死に押さえつける。
だが、指の隙間から溢れ出る血の勢いは、まったく弱まる気配を見せなかった。
「燈...真君っ.....大丈夫....?」
かすかな声が、俺の膝元から聞こえた。
「お前こんなときに俺の心配してどうすんだよ! お前っこのままじゃっ...!!」
声が裏返る。涙で視界が滲むのを必死にこらえながら、デジデジの顔を覗き込む。
「よかった...燈真君は...大丈夫そうだね。」
デジデジは、弱々しく笑おうとして、それがかえって俺を不安にさせる。
「お前っ...なんでこんな...どうやって...どうしてっ!!」
言葉にならない問いが、口からこぼれる。
「たぶん.....キミと....同じ.............窓から...入ったんだ.........。」
デジデジの視線が一瞬、割れた窓の方へと向く。
違う・・・そんな話が聞きたいんじゃない。どうしてお前が今こんな目に会っているのかがわからないんだ!
デジデジは傷口を抑えていた二人の手を押しのけるように寝返りを打って、ゆっくりと仰向けになる。
デジデジの顔がよく見える。
ジペットとゼロは何かを察したように、もう傷口を抑えようとはせず、黙ってうつむいている。
「キミが...危ないと思ったから...助けたくて......僕のこと、いい人って言ってくれたから.....」
掠れた声が、途切れ途切れに続く。
「よかった....このまま....なら....ずっと....燈真君の....中では...いい人で...........いられる.......」
「お前...何言ってるんだよ......!! おいっ! しっかりしてくれ!! デジデジっ!!! デジデジっ....!!!!」
肩を揺さぶる。呼吸が浅くなっていくのが、腕越しに伝わる。
「............................。」
返事が、途切れた。
「デジデジ...??.....おいっデジデジっ!! デジデジっ!!!!」
何度呼んでも、もう瞼は動かない。
「燈真くん....デイジーはもう......」
ゼロの声が、酷く遠くに聞こえた。
「!!」
頭の中で、何かがぷつんと切れる音がした気がした。
「................。」
息の仕方がわからなくなる。
手のひらについたデジデジの血は生ぬるく、鉄の匂いが鼻に刺さる。
目の前の光景だけが、異様にくっきりと、やけに現実味を持って迫ってくる。
「なんで.....なんでこんな...........。」
搾り出した声は、自分のものとは思えないほどかすれていた。
「違う...ししゃも。は悪くない..........。ししゃも。は別に撃つつもりなんてなかったのに....!! 急に横から飛び出してきたからびっくりして......。」
ししゃも。が、震える声で言い訳を始める。
肩はガタガタと震え、手からはまだ銃が離れていない。
「違う...違うっ!! ししゃも。じゃない!! ししゃも。は悪くない!! ししゃも。は殺してないっ!!!!」
泣き叫びながら、ししゃも。は必死に否定する。
「ししゃも。はっ....!! ししゃも。は.........!!」
言葉がうまく出てこないのか、喉の奥で何度も詰まる。
「ししゃも。は.........!!!!!!」
叫びとも嗚咽ともつかない声が、部屋の中に響き渡った。




