第38話 トリガー
どれくらい泣いていたのか、自分でもわからない。鼻をすすりながら、ようやく息が整ってきた。
「どうだ? もう落ち着いたか? お前は泣き虫だな! お前に涙は似合わないぜ! な!」
目の前で、ジペットがカラっとした調子で笑いながら言う。
「あぁ……落ち着いた……ありがとう……。」
肩で息をしながら、ようやく答える。
「落ち着いたところで少し不安にさせるようなことを言ってしまうけど、さっき“存在している”っていったけど、実はこの世界においては“消滅”してしまっているんだ。」
隣に座るゼロが、申し訳なさそうな声で静かに告げた。
「……え?」
さっき持ち上げられた心が、また一瞬で冷たくなる。
「でも安心してくれ。俺たちはコウ兄ちゃんが消滅してしまった原因の調査と、その解決のためにこの世界にやってきた。」
ジペットの力強い声が続ける。
「そして調査の結果、俺たちは確信している。コウ兄ちゃんは帰ってくるってな!」
「ほんとにっ、ホントに大丈夫なのか!?」
縋るように問い返す。
「うん、大丈夫。僕たちの調査結果としては、この世界の異変は一過性のもので、あるトリガーをきっかけにすべて元に戻るように、元から組み込まれているみたいなんだ。」
今度はゼロが、落ち着いた口調で言葉を重ねる。
「トリガー?……どういうことだ?」
「つまりだな、最初から“元に戻ること”を前提に作り替えられた世界ってことだ。例えるなら、自動で電源がオフになるようにタイマーがセットされたエアコンみたいなもんだな。どうだ? わかったか!」
ジペットが自信ありげに例えを出してくる。
「んー……わかったようなわからないような……。」
頭の中に、タイマー表示のついたリモコンが浮かんでは消えた。
「つまり、心配しなくてもそのうち勝手に戻るから大丈夫ってことだよ。」
ゼロが目を細めて、優しそうに微笑んだ。
「そうか……。」
言葉にすると、少しだけ胸の締めつけがゆるむ。
「心配すんな。俺たちを信じろ!」
ジペットが綺麗な白い歯を見せながら、背中をどんと押してくる。
「わかった……。でもよ、元に戻すために何かしなくていいのか? もしその元に戻すスイッチみたいなのが永遠に押せなかったら、永遠に戻んないんじゃないのか??」
どうしてもそこが引っかかってしまう。
「心配性だなぁ。大丈夫だよ。そう遠くない未来に、ちゃんと勝手に元に戻るから。そうだなぁ、たぶん遅くても一か月以内には。」
ゼロが、冗談めかした言い方で俺の不安を軽くしようとしてくれているのがわかる。
「そうか……。」
胸のどこかが、まだ不安でじくじくしている。
「逆に言うとだな……。」
ジペットが、ふいに声の調子を変えた。
「え?」
「逆にいうと、本来この世界には生きて存在しないはずのやつらがいるだろう? そいつらもそのタイミングで“元に戻る”ことになる。」
ジペットの言葉に、息が詰まる。
「……!」
その言葉で、真っ先に思い浮かんだのは――
「つまり、きみのお母さんやお父さんとはもう会えなくなっちゃうんだ。」
追い打ちをかけるように、ゼロが静かに告げた。
「……そうか……そうだよな。……今生きてることの方がおかしいんだもんな……そうか……。」
わかっていたはずのことが、改めて言葉にされると、胸の内側にずしんと沈む。視界がじんと熱くなった。
「さっきも言ったようにコウ兄ちゃんのことは心配しなくていい。だからな、俺たちとしてはいまこの世界で巡り合った奴らとの縁と、そいつらと過ごす時間を大切にしてほしいだ。」
ジペットの声が少し柔らかくなる。
「きっとこの世界が元に戻ったら、もう二度と話せなくなる。」
「悔いのないように、お前が話したいこと、お前がしてやりたいこと、いっぱいいっぱいしてやれ。」
真っすぐな言葉が胸に刺さる。
「……わかった。まだちょっと実感なくてどうしたらいいかわかんねぇけど……。」
それでも、言葉として胸の奥に刻みつける。
「いい子だね。」
ゼロがそう言って、そっと手を伸ばしてきた。
「んがぁっ! もう頭なでなでするのは……いいんだっ……///」
再び頭に乗ってきた手が照れくさい。
それでも、なでる手は遠慮なく動きを増した。




