第14話 ししゃも。追憶2
「すごく大きな音がして怖かった。そしたら今度はパパに『絶対に音を立てるな!しゃべるな!絶対にそこを出るな!』って感じにすごい剣幕で怒鳴られて。」
「いつも温厚そうでパパにはほとんど怒られたことなかったからすごく怖かった。本当にママとパパの言うことちゃんと守らないとダメなんだって・・・」
「ししゃも。、怖くてずっと泣いてたけど声が出ないようにずっと口を手で押さえてた。」
ロッカーの中で、小さな手で自分の口を塞いで震えている。
その姿を思うだけで、喉の奥がきゅっと痛くなった。
「そしたらね、すぐにドタドタドタって大勢の人が研究室に入ってくる足音と怒鳴り声みたいなのが響いてきて。」
「ママとパパがそいつらと何か口論してるような感じだった。途中からママの叫び声とかパパの怒鳴り声とかも聞こえてすごく怖かった。」
声の調子が、そこで少し掠れる。
デジデジも固く手を握りしめて、ししゃも。から少し目線を落として聞いている。
「少しして、ママとパパがどこかに連れていかれるような感じでみんな研究室から出ていった。」
「さっきまでずっとうるさかったのに急に静かになって・・・。外がどうなってるかわからなくて怖かった。」
「ママとパパが心配になったから探しに行きたかった。でも二人にここから出るなって言われたからどうすればいいかわからなくてしばらくロッカーの中に閉じこもってた。」
どれだけの時間、ひとりきりでその暗闇にいたんだろう。
想像するだけで、胸の奥がざわざわ落ち着かない。
「そしたら...また研究室にどかどか人が入ってくる音がして。何人いたのかわからないけど、何か探してるみたいだった。」
「ししゃも。がいるロッカーのすぐそばに人がいるのがわかって、見つかったらヤバいって思ってずっと息を殺してた。」
そこで、言葉が途切れる。
「それで・・・」
「・・・・・・・」
テーブルの上の空気が、張り詰めたまま止まる。
俺は耐えきれず、そっと声をかけた。
「・・・大丈夫か?」
「・・・うん。」
ししゃも。は小さく頷く。
けれど、その瞳は今にも崩れそうなほど揺れていた。
「・・・それで、運よく見つからずに済んだみたいで、しばらくしたらみんないなくなってまた静かになった。」
「ししゃも。は、怖かったから静かになった後もずっとその場から動かなかった。」
「どれくらい時間がたったのかわからない。でもずっとこのまま一人だったらどうしようって思って...。ママとパパのことも心配でやっとロッカーから出たの。」
十年経った今でも、その「やっと」がどれほどの勇気だったのか、声の端から伝わってくる。
「酷かったよ・・・。研究室の中、ぐちゃぐちゃに荒らされてた。紙の資料もそこらへんに散らばってて、研究用の器材もデスクも、色々倒されてた。」
「本当に怖くて・・・。でもママとパパのことがどんどん心配になって、ししゃも。は研究室の外に探しにいくことにしたの。」
「外の廊下も観葉植物が倒れたりしてて所々荒らされてた。」
ししゃも。の語る光景が、まるで映画の1シーンみたいに脳内で組み上がっていく。
だけどこれはフィクションじゃない。
こいつが、たったひとりで見てきた現実だ。
「しばらく研究所の中を歩き回ったんだけど、誰も見つからなかった。普段なら別の研究員の人が数人はいるはずなんだけど、どこにもいないの。」
「研究所の方にはもういないのかもしれないって思って、研究所の関係者だけが使ってる研究所と水族館との連絡口を通って水族館の方に移動したの。」
「ししゃも。はいつもママとパパと家に帰るときに、閉館した水族館の中を通って家に帰るのが好きだった。」
そこで、ほんの一瞬だけ、柔らかい記憶の色が混ざる。
「誰もいなくて...ししゃも。たちだけの貸し切りの特別な空間みたいに思えて。」
俺は黙ってうなずいた。
「でもそのときは誰でもいいから早く誰かに会いたかった。でも誰よりも、ママとパパに会いたかった。」
「いつもはできるだけゆっくり歩こうとしてた水族館の中を、走り回って必死に探した。周りの水槽なんて観ずに、休憩スペースとか中央の広場とか、人がいそうなところをずっと探し回った。」
「走り回って疲れても、ずっと走って探したの!」
「でもね、誰もいなかったの・・・。いつも見かけてた宿直のスタッフさんも警備員さんも。」
「・・・そうだよね、そんなところにいるはずなかったんだもん・・・あははっ・・・」
口からこぼれた笑いは、まったく楽しそうじゃなかった。
テーブルの上で握りしめられたししゃもの拳が、白くなっている。
ししゃも。は力なく笑う。
「しゃもしゃも・・・?」
デジデジが、不安げに名前を呼ぶ。
「・・・さすがに走り疲れて足を止めたときだった。周りの水槽を見たら、一か所だけなんか様子がおかしいところがあったの。」
「水槽の中がずっとバシャバシャしてて、水もなんか濁ってるような感じで。」
「・・・・」
嫌な予感が、喉の奥に重く沈む。
聞きたくないのに、続きを聞かないわけにもいかない。
「ししゃも。はその水槽に近づいたの。」
「遠くからだと水槽の中全体が見えなかったけど、近づくにつれて上の方も見えてきたの。」
ししゃも。の声が、そこで一段と細くなる。
「そしたら・・・そしたらね・・・・・・・」




