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第98話 荒れた道と、無理を通す人間

 砦町の門を出ると、朝の光がまぶしかった。


 昨日の鉄工所とは逆の方向へ、土の道が伸びている。

 俺たちは三人並んで、その道を歩いていた。


「鉄工所の親方は、けっこうはっきり言ってたわよね」

 前を歩くリオナが、ちらっと振り返る。


「“こっちは祟られてなんかいねぇ。ただ無理してるだけだ”ってね」


「ああ。で、今日はその“無理してるだけ”が、街道の方にもあるかどうか見に行く」


「……祟り扱いされてないといいんですけど」

 エルナが、小さく胸の前で指を組む。


「でも、瓦版では街道のことも書いてました。“勇者の祟りで鉄の街道が裂ける”って」


「タイトルの付け方だけは立派だよな、あいつら」

 俺は息を吐きながら、二人に歩調を合わせる。


 道の両脇は、低い野草と石ころだらけの斜面だ。

 ときどき、向かい側から荷馬車が軋む音が近づいてくる。


「気をつけてね」

 リオナが軽く手を上げ、端に寄るよう合図をする。


 前から来た荷車の御者が、俺たちの横を通り過ぎるとき、ぼそっと愚痴をこぼした。


「また車輪がいかれたら堪ったもんじゃねぇ……勇者だか何だか知らねぇが、祟るならよそでやってくれってんだ」


「昨日もそんなこと言ってた人いましたね」

 エルナが、御者の背中を見送りながら呟いた。


「“道が祟られてる”って」


「祟ってねぇって口に出したら、余計にややこしくなりそうだな」

 口には出さずに、心の中だけでつぶやく事にしている。



 しばらく歩くと、前方の様子が変わってきた。


 土の道の一部が、不自然に荒れている。

 深く刻まれた轍、抉れた溝、崩れかけた路肩。

 その脇には、折れた車輪や、ひしゃげた荷台の残骸が放置されていた。


「……ひどいわね、これ」

 リオナが眉をひそめる。


「ここが、噂になってる区間か」


「多分そうです。見ただけで、危ないって分かります」

 エルナが、崩れた路肩の方を見ながら言う。


 少し先には、木材や石を積んだ荷車が止まっていて、数人の作業員が道端で何か話していた。


「作業の人たちかしら」


「だろうな」


 俺たちは邪魔にならないように近付くと、声をかけた。

「通りすがりじゃねぇんだ。補修作業の責任者に用がある」


 作業員の一人が、面倒くさそうにこちらを見る。

「誰だ、あんたら」


「ハルト商会と、鉄工所の親方から紹介されて来たんだ」

 懐から紹介状を取り出して見せる。


 男が紙を受け取ると、面倒くさそうだった顔が少しだけ引き締まった。


「ロシュさんを呼んでくる。そこで待ってろ」

 そう言うと、道の先へと駆けて行った。


 待つことしばし。

 荒れた道の向こうから、中年の男が歩いてきた。


 がっしりとした体軀に、日焼けした顔、土と汗で汚れた作業着。

 腰には測量用らしき棒と、小さな木札の束。


「ロシュだ。街道の補修を任されてる」

 男は紹介状に目を落とすと、眉を上げる。


「エルステンと、あの頑固な親方の名前が並んでるのは珍しいな。お前ら、何者だ」


「特に悪い物見じゃねぇよ」

 俺は先に言った。


「“祟りの勇者で道が荒れた”なんて話が一人歩きしてるんでな。その前に、ここで本当は何が起きてるのかを聞きに来た」


「……勇者の祟り、か」

 ロシュは、ため息とも笑いともつかない息を吐いた。


「まぁいい。立って話すには長くなる。歩きながら見て行くんだな」

 そう言って、俺たちを道の真ん中へと誘導する。


 近くで見ると、道の荒れ方はもっとひどかった。


 片側だけ深く抉れた轍。

 水が溜まって乾いた溝。

 その上に、板や石を無理やり詰めたような応急処置の跡。


「ここ数ヶ月で、荷馬車が何台転がったと思う?」

 ロシュが、足元を指差す。


「分かんねぇな」


「十台だ」

 短く呟く。


「軸から折れたのもあれば、車輪が溝にはまって横転したのもある。荷物が川に落ちたこともあった」


「それ全部、“勇者の祟り”ってことになってるのね」

 リオナが、崩れた路肩を見ながら言う。


「ああ」

 ロシュの口元が、わずかに歪む。


「御者たちは“この道は祟られてる”って言うし、上の連中は“勇者のせいで荷が遅れてる”って言う」


「本当のところは?」

 俺が問うと。


「祟りなんかじゃねぇよ」

 ロシュは、きっぱりと言った。


「荷が増えたんだ。戦で鉄が足りねぇ、急げ急げって話になってな。荷馬車一台に積む量が、昔の倍近くになった」


 道の端に放置されていた折れた車輪を、靴で軽くつつく。


「昔この道を作った時に想定してた重さを、とうに越えてる。補修するにも、道はそのまま、人手は前より減ってる、材料も回してもらえねぇ。それで“祟りだ”はねぇだろ」


「鉄工所と、同じね」

 リオナがぽつりと言う。


「古い炉を休ませず、無理して火事になったのに、“勇者の祟り”で片づけられてた」


「あいつ、そんなこと言ってたか」

 ロシュの目が、わずかに細くなる。


「“祟られてなんかいねぇ。ただ無理してるだけだ”ってな」


「……あいつらしい」

 ロシュの肩が、少しだけ揺れた。


「こっちも似たようなもんだよ。危ねぇから荷を減らせって言っても、“今だけ無理してくれ”の一点張りだ」


「“今だけ”が続くんだよな、そういうのは」


 思わず言うと、ロシュがちらっと俺を見る。


「分かってる顔だな」


「似た話を、王国側でも見たことがある」

 黒風と、街と、無茶な命令。

 頭の隅に浮かんだ景色を追い払いながら、俺は続けた。


「それでも、なんで“祟り”って言い方がこんなに広まってんだ?」


「楽だからだろ」

 ロシュは、あっさり言った。


「御者にとっちゃ、“祟りの道だ”って言ってた方が、事故の原因をごまかしやすい。上の連中にとっちゃ、“勇者のせいで荷が遅れる”って言った方が、自分たちの整備不足や指示ミスを認めなくて済む」


「勇者が嫌われてるっていうより、“便利な存在になってる”感じですね」

 エルナが、少し悲しそうな声で言う。


「押しつけ先として」


「そうだな」


 ロシュは荒れた道を見下ろした。

「こいつを“勇者の祟り”って呼ぶより前に、荷の積み方と、道の作り方と、人手をどうするか考えろって話だ」



 少し開けた場所まで歩き、ロシュは「ここだ」と言って立ち止まった。


 道の片側に、大きな岩があった。

 その陰に入ると、風がいくぶん和らいでいる。


「ここなら、あまり邪魔にならねぇだろ」

 ロシュは岩に背中を預け、腕を組む。


「鉄工所の方は、どうだった」


「こっちと、かなり似てた」

 俺は答えた。


「軍の増産指示、古い炉、足りない人手。誰か一人のせいじゃなくて、いろんな“無理”が重なって火が出たって話だ」


「やっぱりな」

 ロシュは目を閉じ、短くうなずいた。


「ここもそうだよ。道の古さに荷の重さ。御者の疲れと、“今だけ”って言葉が重なって、事故が起きてる」


 エルナが一歩前に出る。

「ロシュさん」


「ん?」


「ここにとって、一番困るのは何ですか」


 エルナは、ゆっくりと言葉を並べる。

「祟りの噂そのものですか? それとも、別のことですか?」


 ロシュはしばらく黙っていた。


 視線が、荒れた道と、補修用の荷車と、遠くの砦町を順番に辿る。

 それから、ぽつりと口を開いた。


「道を直す人間と材料が、足りなさすぎることだな」

 短く、素直な答えだった。


「危ねぇって言っても、荷主も軍も“今だけ無理してくれ”で押してくる。それで事故が起きると、“勇者の祟り”で片づけようとする」


 ロシュは、指で岩の表面をとんとん叩いた。

「噂で困るか困らねぇかで言えば、一番腹立たしいのは、そこだ」


「“勇者のせいで事故が起きた”って瓦版に書かれる前に、直すもんがあるってことね」

 リオナが静かに言う。


「遅らせてるのは、不足したものと、無茶な指示だって」


「そうだ」


 ロシュの目が、俺たちに向く。

「俺だって、全部上のせいにする気はねぇ。道の悪さだって、俺の責任の一部だ。けど、全て“勇者の祟り”でごまかされるのは、さすがに我慢ならねぇ」


 その言葉は、鉄工所の親方の言葉と重なった。


 俺は、ゆっくり目を閉じた。


 何もしてないのに、勇者の名前が現場の押しつけ先に使われている。

 そのせいで、鉄工所の火事も、街道の事故も、全部“仕方なかった”で流されようとしてる。


 冗談じゃねぇ。

「エルステンには、鉄工所とここの話をまとめて伝えるつもりだ」


 リオナが、ロシュに向き直る。

「“勇者の祟り”じゃなく、“無理な運用と足りない手”の話として」


「そうか」

 ロシュは、どこか諦めたような、でも少しだけ救われたような顔をした。


「それで何が変わるかは知らねぇが……一つだけ頼んでいいか」


「内容次第だな」


「上の方に話が通るなら、これだけは言っといてくれ」


 ロシュは、岩から体を離し、まっすぐ俺を見た。

「“勇者のせいで荷が遅れる”なんて話だけはやめろってな。遅れてるのは、この荒れた街道と、無茶をさせてる指示だって」


「分かった」

 それは、ちゃんと約束しなきゃならないと思った。


「鉄工所の“無理してるだけだ”って言葉と一緒に、持って帰る」


「好きにしろ」


 ロシュは肩をすくめ、それから口の端を少しだけ上げた。

「いまの“好きにしろ”で、こっちの仕事がまともに出来るなら、それで十分だ」



 砦町へ戻る道を歩きながら、俺たちはそれぞれ黙っていた。


 しばらくして、リオナが口を開いた。

「鉄工所も鉄の街道も、“祟り”の前に人間の無理があったわけね」


「ああ」

 俺は空を見上げる。


「祟りの勇者が街道を荒らしたわけじゃねぇ。荷を載せすぎた荷馬車と、それを走らせた人間が、街道を荒らしてる」


「噂を全部消すことは、やっぱりできないですよね」

 エルナが、少しうつむき加減で言う。


「瓦版もありますし、皆さん口が軽いですし」


「消す必要もねぇと思う」

 自分で言いながら、心の中で確かめる。


「ただ、“勇者の祟り”の物語の隣に、別の話を置くだけでいい」


「別の話?」


「鉄工所と鉄の街道。焦げ跡と荒れた道の話だ」

 俺は足元の土を軽く蹴る。


「炉から火を出し、街道を荒らしてるのが何なのか。祟りじゃなくて、無理な運用と足りねぇ手だって話を、エルステンに伝える」


「明日はまたハルト商会ね」

 リオナが小さく伸びをする。


「昨日と今日聞いたことを、忘れずにそのまま届けないと」


「忘れたら、あいつに細かく突っ込まれそうだしな」

 苦笑しつつ、砦町の門を見上げる。


 祟りの勇者の物語より問題は、無理を通してる人間がいるって事だ。

 それを知ってるか知らないかで、きっとどこかが少しだけ変わる。


 そんなことを考えながら、俺は砦町の中へと足を踏み入れた。

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