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第97話 鉄工所の炉と、噂の先にあった現実

 砦町の外れは、朝から少しだけ空気が違っていた。


 街中より冷たくて、鉄の匂いが混ざっている。

 俺たちは鉄匙亭を出て、土の道を三人並んで歩いていた。


「……あそこね」

 リオナが顎で前方を示す。


 砦町の外れ。

 背の高い塀の向こうに、いくつもの煙突が突き出していた。

 一本は黒く、一本は途中から色が変わり、一本は根本のあたりが不自然に新しい。


 塀の内側からは、鉄を打つ音が途切れなく聞こえる。


「ほんとに“祟りで全部止まった”って感じじゃねぇな」

 思わず口から出る。


「噂話では、鉄工所は“勇者の雷で焼かれた場所”ってことになってるのにね」

 リオナが肩をすくめる。


「昨日の食堂でも、“鉄工所は祟られた”って言ってました」

 エルナが小さく付け足した。


「だからこそ、ちゃんと見てこいって話なんだろうな」

 エルステンの顔を思い出しながら、門へと歩を進める。


 鉄工所の門は、木の板に鉄をかぶせた一見頑丈な造りだった。

 門の前には、腕の太い男が一人、槌を持って立っている。


「用件は?」

 近づくなり、男が問う。


「話を聞きに来た」

 俺は懐からエルステンの紹介状を取り出し差し出した。


「ハルト商会のエルステンから――」


「ハルト商会、だと?」

 門番の男の眉がぴくりと動く。

 紹介状に向けて素早く目を走らせた。


「……親方に見せる。ここを動くなよ」


 こちらに背を向けると、門の内側に消えた。

 しばらくすると、重い金具の音とともに、半分だけ門が開いた。


 男は門の内側に向けて顎をしゃくると。

「入れ。親方のところまで案内する」


 中に足を踏み入れた途端、熱と音が押し寄せてきた。


 炉の熱気が、肌にまとわりつく。

 あちこちで金属を打つ音が響き、火花が散っている。

 汗をかいた職人たちが、鉄を運び、槌を振り下ろし、出来栄えを見ている。


 祟りも雷も、黒風もいない。

 そこには、火と鉄と人間だけだ。


「ここだ」

 男に案内されたのは、工場棟の横手にある小さな事務所のような建物だった。

 扉が開くと、中から一人の男が出てきた。


 歳は四、五十だろうか。

 がっしりした体格に、焼けた肌。

 頬のあたりに、昔の火傷らしい痕がある。


「親方、この連中だ」


「分かった」

 親方と呼ばれた男は、まず紹介状に目をやると、次は俺たちの顔を見る。


「……エルステンの紹介か。訳ありって事だな」


「俺たちは、鉄を買いに来たわけじゃねぇ」

 俺は先に言っておく。


「“祟りの勇者”とか言われてる噂が、ひとり歩きしてるようだからな。その噂の出どころの、ここがどんな所か知りたくて来た」


「噂か」

 親方の口元に、苦いものが浮かぶ。


「まあいい。立ち話もなんだ。歩きながら話すぞ」

 親方はそう言うと、俺たちを工場棟の方へと案内し始めた。



「ここが、一番よく燃えたところだ」

 親方の言葉とともに、足が止まる。


 鉄工所の奥。

 炉が並ぶうちの一角だけ、様子が違っていた。

 屋根の梁は新しい木と古く黒い木が混ざり、壁の内側には、火で炙られた痕がまだ残っている。


 炉の縁の鉄枠は、僅かに歪んでいた。

 床の石には、焦げたような色のまだら模様。


「祟りって言うには、やけに自然な焦げ方だな」


 思わず出た本音に、親方が鼻で笑った。


「祟りの焼き方ってのは、もっと不自然なのか?」


「さぁな。少なくとも、俺が前に見た雷は、こういう焦げ方しなかった」

 黒風の時の光景が、一瞬だけ頭をよぎる。

 あれはもっと、空気ごと焼き焦げるような光だった。


「町では、“勇者の雷で鉄工所が焼けた”って噂になってました」

 エルナが、慎重に言葉を選びながら口を開く。


「だからこそ、外からじゃなくて、中で何があったのかを聞きに来ました」


「ふん」

 親方は腕を組み、少しだけ上を見た。


「雷なんざ、あの日は落ちちゃいねぇ。見たのは、赤い火と、白くなるくらい熱くなった鉄と、慌てふためく人間だけだ」


「じゃあ、なぜ焼けた?」

 リオナが、歪んだ鉄枠を指差す。


「軍からの増産指示が原因だ」

 親方の声が、ほんの少し低くなる。


「いつもより多く炉を使えって話になった。古い炉を休ませる暇もなく、温度を上げっぱなしにしてな。若いのが、“少しでも長く燃やそう”と考えて、石炭を入れ過ぎちまった」


 少し間が空く。


「古い煙突に溜まってた煤も悪かった。行き場のねぇ熱が変なところから抜けて、炎が横に走って屋根に移った」


「……誰か一人が悪い、って話じゃねぇな」


 俺がそう言うと、親方は「そうだ」と即答した。


「軍の注文も、うちの判断も、若い奴の焦りも、古い炉も、詰まった煙突も、全部ひっくるめた結果だ」


 親方の拳が、軽く鉄枠を叩く。

 鈍い音が一つ響く。


「それでも、町では“勇者の祟り”なんですね」

 エルナが視線を落とす。


「ここの人たちの話じゃなくて、外で祟りの噂に変わってる」


「祟りのせいにしときゃ、楽なんだろ」

 親方は、吐き捨てるように言った。


「“勇者が悪い”ってことにしておきゃ、軍の上の連中も、自分の判断を見直さなくて済む。町の連中も、“怖ぇのは勇者だから仕方ねぇ”って顔で終われる」


 その言い方は、怒鳴り声ではなかった。

 ただ、長く溜めてきた怒りが、纏まり固まっている感じだった。


「現場からすれば?」

 リオナが、真っ直ぐ親方を見る。


「“祟り”って言葉は、どう聞こえる?」


「俺たちの仕事も事故も、まとめて他人事にされてる感じだな」

 親方は、歪んだ鉄枠から手を離した。


「火が出たのは、本当に痛ぇし、怖ぇし、悔しい。でも、それを“祟りだから仕方ない”で済まされたら、次はもっと悪くなる」


「次はただの火事ですまねぇってことか」


「ああ。炉は神様じゃねぇ。扱いを間違えりゃ、普通に人が死ぬ」


 その言葉は、妙に耳に残った。



 ひと通り工場を見て回ったあと、俺たちは事務所の裏手にある細い通路に通された。


 炉の音は少し遠くなり、火の熱も和らぐ。

 親方が木箱に腰を下ろし、俺たちも腰を下ろし向き合った。


「……さっきは、少し言い過ぎたかもしれねぇ」

 親方がぽつりと漏らす。


「けどよ、正直なところ、“勇者の祟り”だなんだって話は、聞き飽きてんだ」


「こっちとしても、勝手に祟りにされるのは勘弁してほしいけどな」

 俺が苦笑混じりに言うと、親方の口元がほんの少しだけ緩んだ。


「お前さんたちが本当に勇者の仲間かどうかは知らねぇ。ただ、“祟り”を信じてる顔じゃねぇってことは分かる」


「祟りを確認するなら、紹介状はいらないわね」

 リオナが肩をすくめる。


「“勇者に焼かれた場所が見たい”って物見高い連中は、もう何人か来てるんですか?」


「ああ。瓦版を持った奴らがな」

 親方はうんざりした顔をした。


「“雷はどこに落ちたんですか”とか、“黒い風はどっちから来ましたか”とか。落ちちゃいねぇし、吹いてもいねぇって言ってんのに、勝手に納得して帰っていく」


「自分の聞きたい話だけ作って帰る、と」


「そういうことだ」


 エルナが少し息を吸い込み、それから、真面目な顔で口を開いた。

「親方さん」


「なんだ」


「もし……もしですよ」

 言葉を選ぶように一拍置いて、続ける。


「火事が“勇者の祟り”じゃないって、どこかにちゃんと伝わったとしたら。親方さんにとって、一番助かることは何ですか?」


 しばらく間があいた。

 親方は視線を宙に泳がせ、それからゆっくりと答えた。


「炉の修理に、金が回せることだな」

 短く、低く。


「軍の連中に、“祟りだから仕方ない”じゃなくて、“無理させすぎだ”って言わせたい。“勇者に焼かれた”ことにして終わらせるんじゃなくて、“自分たちの使い方が悪かった”って認めさせたい」


「そっちの方が、よっぽど厳しいけど、まだ未来がありますね」

 エルナの声は小さいが、はっきりしていた。


「祈りで火は消えないですけど、“仕方ない”って言葉も、火を消さないから」

 祈り手のエルナが言うと、妙な説得力がある。


「エルステンから、もう一通預かってる」

 リオナが懐から紙を出した。


「鉄の街道の方を仕切ってる責任者宛ての紹介状よ。名前、知ってます?」


 親方はそれを受け取ると、紙に書かれた名を見て、少しだけ表情を和らげた。

「あいつか。あいつも苦労してる」


「苦労?」


「あっちも古い道に、重てぇ荷馬車ばっかり通らせられてる。“働きが足りねぇせいだ”“勇者の祟りのせいだ”って、あっちでも好き勝手言われてるはずだ」


 親方は紹介状をたたむと、俺たちに返してきた。

「もしあいつに会ったら、伝えといてくれ」


「何を?」


「“こっちは祟られちゃいねぇ。単に無理してるだけだ”ってな」

 その一言は、変に重たかった。


「分かった」

 俺は紙を受け取り、丁寧に懐へ入れる。


「鉄を焼いてるのが勇者でも祟りでもねぇって話は、ちゃんと持ち帰る」


「任せる」

 親方は立ち上がり、服についた埃を払った。


「こっちは、炉と人間を焼かねぇようにするだけだ。外で何を祟りって呼ぼうが、それはあいつらの勝手だ」


 そう言って、背を向ける。

 その背中は、少し歪んでいたが、心は折れてはいないようだ。



 鉄工所を出る頃には、日が少し傾き始めていた。


 塀の外は、朝と同じ冷たい空気だ。

 でも、鼻に残る匂いは、来た時よりもはっきりしていた。

 煤と、鉄と、汗の匂い。


「……どうだった?」

 門を離れたところで、リオナが俺を見る。


「噂を聞いてた時と、印象変わった?」


「変わらねぇ方がおかしいだろ」

 俺は息を吐いた。


「勇者の祟りで鉄工所が焼けた、なんて話よりよ――」


 視線を鉄工所の煙突に向ける。

「古くて無理させられてる炉と、人間の判断が、ここを焼いたって話の方が、よっぽど重てぇ」


「でも、その話の方が、まだ何かできそうですね」

 エルナが隣で小さく頷いた。


「祟りなら諦めるしかないけど、“無理させ過ぎだった”なら、直せるかもしれません」


「直させるのは、こっちの仕事じゃねぇけどな」

 俺は自分に言い聞かせるように言う。


「ただ、エルステンに伝える材料は決まった。“勇者の祟り”の代わりに、“古い炉と人間の判断”を使えるようにする」


「じゃあ、次は鉄の街道ね」

 リオナが、懐の紹介状を軽く叩く。


「道の方も“祟りのせい”になってないか、見てこないと」


「祟りで道は崩れねぇだろ」


「崩れた後で、全部祟りのせいにされるのが嫌なのよ」


 それは確かにそうだ。


 砦町の方へ戻る道は、朝と同じ土の道だった。

 でも、その土の下に、焦げ跡がひとつ増えた気がする。


 祟りの勇者なんかじゃねぇ。

 鉄を焼いてるのは、古い炉と、無理をさせられた人間だ。


 だったら、その話を持って門をくぐる。

 それが、今の俺にできる“物語の変え方”なんだろう。


 そんなことを考えながら、俺は砦町の門へと足を向けた。

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