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第94話 報告と噂を操る手

 砦町に戻ってくる頃には、日が傾き始めていた。


 鉄の街道を行ったり来たりして、崖をのぞき込んで、杭を見て――

 脱いでもないのに、全身がぐったりしていた。


「……魔法を使ったあとと、あんまり変わんねぇな、これ」


 鉄匙亭の部屋に入るなり、俺は床にどさっと座り込んだ。

 毛布の上とはいえ、板の硬さが腰に響く。


「脱いでないだけ、まだマシよ」

 ベッドに腰を下ろしたリオナが、ブーツを脱ぎながら言う。


「崖の上で全裸なんて、絶対やめてよね。見てるこっちの心臓がもたないから」


「そもそも見られたくねぇからな」

 これは本音だ。


 窓際では、エルナが外を少しだけのぞいてから、カーテンを閉めた。

「……町の方、また人が集まってますね。多分、火事と街道の話です」


「噂の方は、休む気配がねぇみたいだな」


 俺が頭をかいたところで、ドアが軽くノックされた。


「おーい、死人は出てねぇか」

 声の主は、聞き慣れただみ声だ。


「まだ生きてるよ」


 リオナが返事をすると、バルツが顔をのぞかせた。


「顔色は悪くねぇな。崖から落ちた気配もなし、と」


「落ちる趣味はねぇよ」


 俺が立ち上がると、バルツは部屋に入り、壁にもたれ掛かる。


「で、どうする。報告は今日中にするか、明日にするか」


「今日のうちに、ですね」

 エルナが迷いなく答えた。


「エルステンさんも言ってました。“夜になればなるほど、勝手な物語が増える”って」


「ああ」

 俺も頷く。


「こっちの記憶が鮮明なうちに、伝えちまった方がいい」


「となると――」

 バルツは腕を組んだ。


「報告の中身を、ここで一回整理しておいた方がいいな。口が勝手に動く奴もいるしな」


 そいつは俺のことか。


「まず、道」

 リオナが指を折る。


「古いところは本当に危なかった。崩れた跡もあったし、新しい土が盛られてる場所も多かったわ」


「杭も確かに古かった」

 俺は、崖のそばで見た木の感触を思い出す。


「でも、折れ口の一部は妙に真っ直ぐだった。あれは、誰かが何か仕掛けた可能性はある」


「ただ、“誰がやったか”は分からない」


 エルナが続けた。

「反戦派かもしれないし、軍かもしれないし、誰も触ってないかもしれません」


「崖下の荷もだな」

 俺は窓の方を見やってから、言葉を選ぶ。


「鉱石の箱が砕けてるのは分かる。でも、あの黒い金属の塊は、ただの鉱石だけとは言いにくい」


「軍の荷かもしれないけど、遠目じゃ断定はできない」


 リオナも頷く。

「“普通の荷のふりをして、別の物を混ぜてたかもしれない”くらいの言い方が限界ね」


「ドルンさんたちの話も、大事だと思います」

 エルナが言った。


「“上の連中は、自分たちの都合のいいように話をしたいだけだ”って、はっきり言ってました」


「それもそのまま伝えよう」


 俺はバルツの方を見た。

「こっちで勝手に整理しすぎると、今度は俺たちが“物語を書く側”になっちまう」


「その自覚があるだけマシだな」

 バルツは口元だけで笑った。


「いいだろ。見たこと、聞いたこと、感じた違和感だけ伝える。解釈はエルステンに押しつければいい」


「押しつけるって言い方もどうかと思うけど」

 リオナがぼそっと突っ込んだ。


「なら、任せるでどうだ」


「それならぎりぎりセーフね」


 そうやって軽口を叩きながらも、気分は落ち着かない。

 下手をすれば、こっちの一言で誰かが“犯人役”にされる。

 それだけは、できるだけ避けたい。


「行くぞ」

 バルツが壁から背を離した。


「夜が更ける前に片付ける。長居する話でもねぇ」


「了解」


 俺たちは身支度を整え、鉄匙亭を出た。



 ハルト商会の表は、もう店じまいの準備に入っていた。


 一般客用の扉ではなく、横の小さな扉から中に入る。

 中で店員が軽く会釈し、無言で奥を指さした。


 半地下への階段。

 前に来たときと同じ、あの空気を感じる。


 階段を下りると、エルステンが机の向こうで待っていた。

 地図と、帳簿らしき紙が数枚、既に広げてある。


「戻ったか」

 あいさつ代わりの一言。

 余計な世間話は飛ばして本題へ、という気配だ。


「ああ、戻った」

 俺は椅子に座りつつ、短く返した。


「で、どうだった」

 エルステンの問いも、やっぱり短い。


「結論から言うと――」


 どこから話すか、一瞬迷って、順番を決める。


「道は、本当に古くて危なかった。崩れた跡も、新しく盛られた土もあった」


 エルステンの視線が、地図の上を走る。


「ここだな」

 指先が、俺たちの通ってきた道の線をなぞる。


「杭は?」


「古さは否定しねぇ」


 俺は杭の残骸を思い浮かべながら続けた。

「ただ、折れ口の一部は自然に折れたってだけじゃ説明がつかねぇ形だった。“何かで切られた可能性がある”ってくらいには、真っ直ぐだった」


「全部が全部、じゃないけどね」

 リオナが補足する。


「ぐしゃっと潰れたところもあったけど、その一部だけ妙にきれいな線で切れてたわ」


「誰かが杭を抜いて、そのあとどうにかしたかもしれねぇし、古い杭の弱いところだけが、たまたまそんな形になったのかもしれねぇ」

 そこは、意識して曖昧にしておく。


「崖下の荷については?」

 エルステンの目が少し細くなった。


「砕けた木箱と、鉱石らしい塊が散らばってた」


 俺は指で机の端を軽く叩いた。

「それに混じって、別の金属っぽい黒い塊がいくつか見えた。光り方が、他の鉱石とは違ってた」


「軍の荷か?」


「荷まで遠い上に、俺は鉄の専門家じゃねぇ」

 わざと肩をすくめる。


「ただ、“全部同じ荷物です”って色じゃなかったとだけは言える」


「なるほど」

 エルステンは地図とは別の紙を引き寄せ、小さく何かを書き込んだ。


 そこへ、エルナが口を開いた。

「道を直してる方から、少し話を聞きました」


「ドルンか」

 エルステンの口から、親方の名前が出てきた。


「知り合いか?」


「仕事の付き合いくらいにはな」


 エルナは頷き、続ける。

「ドルンさんは、“上の人たちは、自分の都合のいい話にしたいだけだ”って言っていました。事故が起きるたびに、“犯人”を決めたがるって」


「兵士は“反戦派の妨害だ”と言いたがるし、反戦派の側は“軍が危ない荷を運んでるせいだ”と言いたがる」

 リオナが言葉を継いだ。


「現場の人ほど、どっちの話も、少し距離を置いて見てる感じでした」


 エルステンは押し黙り、机の上の一点を見つめた。


 やがて、小さく息を吐く。

「つまり――」


 地図に置かれた指が動いた。

「道が古くて危ないのは事実だ。これは、誰のせいでもなく、長年の劣化だろう」


「はい」


「杭が人の手でいじられた可能性は、ある。だが“確実にそうだ”と言えるほどの証拠はない」


「その通りだと思う」


「荷に鉱石以外の何かが混じっている可能性は、高い。だが、それが“誰の指示によるものか”までは分からない」


 そこで指が止まった。


「今、ここで“犯人”を決めろと言われたら、どうする」

 エルステンの視線が、俺を射抜く。


「決めねぇ」

 間髪入れずに答えた。


「ここで指を差したら、噂を流してる連中と同じだ。見たいものだけ見て、“そうに違いねぇ”って決めつけることになる」


「勇者の祟り、ってやつもそうだな」

 エルステンの口の端だけが、小さく上がった。


「犯人役さえ作れば、話はそれでまとまる」


「祟ってねぇからな、俺」

 思わず本音が漏れる。


「昨日も今日も、脱いですらねぇ」


「そこはわざわざ強調しないでいいから」

 リオナが即座に止めにきた。

 エルナが少しだけ咳払いをして、空気を整える。


「……少なくとも、今の報告の中には、“誰かを悪者にするための確証”はなさそうだ」

 エルステンは椅子にもたれた。


「道の危険、杭の不自然さ、荷の違和感、現場の人間の感触。“物語”を作る断片としては、十分だ」


「じゃあ、あとはそっちでどう使うかだな」

 俺は言った。


「軍に渡して“管理が甘かった”って話にするか、反戦派の方に流して“軍が怪しい荷を運んでた”って話にするか、それともどっちにも渡さねぇか」


「選び方次第では、誰かの首が飛ぶな」

 エルステンはさらりと言った。


「だから、そう簡単には選べねぇ」


「選ばないで済むやり方があれば、一番いいんですけど」

 エルナがぽつりと言う。


「たとえば、“古い杭を全部交換して、荷の中身も全部公にする”とか」


「それができりゃ楽なんだがな」

 エルステンは、少しだけ目を細めた。


「どこの国でも、“全部公にする”ってのは、上の連中が一番嫌がる」


「そんなもんだな」

 俺は苦笑した。


「王国の方も、似たようなもんだ」


「噂の話をしよう」

 エルステンが、机の端にまとめてあった紙束をひとつ引き寄せた。


 瓦版だ。

 見出しには、またしても“勇者”の文字が踊っている。


「“勇者の祟り、倉庫を焼く”か」

 リオナが読み上げて、あきれた顔になった。


「さっき聞いたのと同じ見出しね」


「ここ数日の見出しだ」


 エルステンは別の紙を広げた。


「“裸の勇者、黒風を引き連れてガルダに迫る”」


「“勇者の雷、ガルダ兵の背中を撃つ”」


「……いろいろひどくねぇか、これ」

 俺は頭を抱えた。


「黒風なんざ、もうとっくに――」

 言いかけて、口を閉じる。

 黒風の話は、ここでは長くなる。


「事実と別の方向に、物語が走ってる」


 エルステンは淡々とした口調で言った。

「それを書いてる瓦版屋がいて、その瓦版を買って広める連中がいる。その中には、軍の一派も、反戦派も、ただ面白がる奴もいる」


「その連中が、“戦争の火種を煽ってる”ってわけね」

 リオナの声が少し低くなる。


「火に油を注ぐ人たちって、本当にいるんだ」


「火が大きくなればなるほど、出世する奴も、儲ける奴もいるからな」


 エルステンは、机の上に一枚の紙を置いた。

「ここ最近、“勇者関連”の見出しをよく書いてる瓦版屋の屋号と、立ち位置だ」


 そこには、屋号と、広場の屋台や酒場の場所が簡単に記されていた。


「明日、その瓦版屋のところへ行け」


「買いに行くのか?」


「ああ」

 エルステンは頷いた。


「ただ、瓦版そのものより、“その周りにいる顔ぶれ”を見てこい」


「顔ぶれ?」


「誰が頻繁に立ち止まるか。軍服の連中か、反戦派と噂されてる顔か、ただの市民か。瓦版を買ったあと、そいつらがどこへ向かうか」


 ようするに、“噂の出入り口”を見付けろってことか。


「一応確認しておくが」

 エルステンの視線が鋭くなる。


「瓦版屋と話はするな。記事を否定するな。目立つ真似はするな」


「するかよ」

 俺は肩をすくめた。


「説教して噂が消えるなら、世界はもう少し平和になってる」


「それと」

 エルステンは、わずかに口調を和らげた。


「お前たちの“見たままを伝えにくる”やり方は、少なくとも俺の役には立つ。だから次は、“噂を作ってる場所と顔”を見てきてくれ」


 バルツが、そこでようやく口を挟んだ。

「というわけだ。明日は広場と酒場の前巡りだな。勇者の記事を楽しみにしてる連中の顔を、じっくり見てこい」


「勇者本人が勇者の記事を買うって、なかなか笑えねぇ絵面だな」


「顔に出さないようにね」

 リオナが、ぴしゃりと言う。


「あんた、読んでる途中で絶対に変な顔するでしょ。“なんで俺が祟ってんだよ”って」


「……その自覚はある」


 エルナが小さく笑った。

「見ないで済ませる方が、もっと難しい気もしますけどね」


「だから見る」

 俺は立ち上がった。


「明日、“勇者の祟り”の記事を書いてる奴の顔を、ちゃんと見てくる」



 鉄匙亭に戻る頃には、外はすっかり暗くなっていた。


 部屋に戻って、俺はいつもの床の場所に毛布を広げる。

 今度は少しだけ丁寧に畳んで、背中が当たるところを厚めにする。


「今日も床?」

 ベッドの端に座ったリオナが、半分あきれたように言う。


「宿屋の廊下で寝るよりマシだろ」


「そんな状況になったら、荷役やめて帰りなさい」


 エルナは、荷物の整理をしながらふと呟いた。

「“真実だと思い込んだ物語”って、祈りより早く広がるんですね」


「祈りは自分の中で終わることもあるからな」


 俺は毛布に手を置いた。

「噂は、自分の外に出ちまう」


 誰かが書いた“勇者の物語”は、もうガルダを歩き回っている。

 俺が何もしなくても勝手に増えて、変な方向に育っていく。

 それを書き換える力なんて、俺にはない。

 ただ――


 何も知らないまま、誰かの都合のいい話に巻き込まれる奴を、少し減らすくらいなら、まだできるかもしれない。


「……さて」

 毛布の上に横になりながら、天井を見つめる。


「明日は“勇者の祟り”の記事を売ってる奴の顔を見に行くか」


 どう考えても面倒な一日だ。

 それでも、もう引き返すつもりはない。


 そんなことを思いながら、目を閉じた。

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