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第9話 西方の村を救え(前編)

 朝のギルドは、依頼書の山と冒険者たちの声で賑わっていた。

 その隅で俺は財布を開いて絶望していた。


「……銀貨、六枚」


 昨日まで十枚あったのに、宿代三枚、朝食二枚、残り一枚はパンの誘惑に散った。


「異世界の物価、マジで地球より高ぇ……」


 そこに笑顔の太陽ことセリナが現れる。


「お困りですか、シゲルさん? 働きましょう!」


「……ギルド職員の励ましって、こうストレートなんだな」


「こちら! 初心者でもできる護衛依頼! 危険度低め! 報酬金貨1枚!」


 依頼書には、西方の〈ルベット村〉と書かれていた。


「金貨1枚か……宿代二週間分。天の恵みかよ」

 受注のハンコを押す手に、若干の震えが走る。


 セリナが笑顔で背中を押す。


「護衛の相棒はリオナさん! 強いですよ〜、頼れる美人!」


「なんで最後に属性つけた?」


「やる気出るかなって!」


「出ねぇよ!」


 その後ろでマリアが静かに書類を綴じた。


「……ルベット村には魔物が出るとの報告もあります。油断はしないように」


「了解。慎重に行きます」


「シゲルさん、慎重と臆病は違いますよ?」


「知ってますよ!」


 ――完全にバレてる気がする。



 西門前。

 秋風が穏やかに吹き抜け、道の先には黄金色の草原が広がっていた。

 荷馬車のそばで剣を点検している金髪の女性がこちらを振り向く。


「あなたがシゲル?」


 透き通る声に、思わず姿勢を正した。


「はい、えっと……剣士のシゲルです」


「うん、そう聞いてる。でも、ちょっと頼りなさそうね」


「……お手柔らかに」


 リオナは小さく笑って頷いた。

「冗談よ。前はあたしがやるから、あなたは後ろをお願い」


「なんか守られてる気がします」


「護衛はチームワークよ。無茶しなきゃ、それでいいの」


 勝気なのに柔らかい。

 その口調が妙に心に残った。



 街道を進む馬車の車輪が、コトコトと小気味よく響く。

 空は青く澄み、遠くで風車が回っていた。

 俺はのんびり歩きながら、ふと口を開いた。


「リオナさんって、ギルド歴長いんですか?」


「三年。最初は剣が重くて泣いてたわよ」


「泣く……?」


「そう。剣って重いのよ、責任も。仲間ができると、なおさら」

 彼女は少し遠くを見ながら笑う。


「でも、守れるのは嬉しい。あたし、そういうのが好きなの」


「……いい人だ」


「え?」


「いえ! 独り言です!」


 俺の口が勝手に動いた。

 異世界って怖い。



 昼過ぎ、馬車の陰で休憩を取る。

 商人がパンを配ってくれた。

「旅の途中で食べるパンは格別ですな!」


「……昨日もパンだったけど」


「贅沢言わない。食べられるだけ幸せ」


 噛みしめたパンは、妙にしょっぱかった。

 俺の涙の味だな……。




 日が傾きかけた頃。

 草原を抜け、村が見えてきた。

 けれど、様子がおかしい。

 煙はなく、人影もない。

 畑の野菜は刈り取られずに柵は壊れたままだ。

 風が止まり空気が重くなる。


「……誰もいない」

 リオナが剣を抜いた。音が空気を裂く。


「空気が変。魔物の匂いがする」


 商人が震えながら声を上げる。

「お、お嬢さん、本当に安全な依頼なんですよね!?」


「ギルドの基準ではね。でも現実は別」


 リオナの表情は真剣そのもの。

 俺も息を飲んだ。


 やばいな……ここで魔法が使えればすぐわかるのに。

 でも脱げねぇ。ここで脱いだら社会的に死ぬ。

 背筋に冷や汗が伝う。


 リオナが俺を見た。


「シゲル。後ろは任せたわ。あたしが前に出る」


「……了解。でも、頼りなさそうでも、やるときはやりますよ」


 その言葉に、リオナが一瞬だけ笑みを見せる。


「いい返しね。好きよ、そういうの」


 風が止み、森の奥から低い唸り声が聞こえる。

 黒い影が蠢き、地面が揺れた。

 リオナが剣を構え、俺は森を睨む。


「来る!」


 土煙の向こう、光を呑み込むような巨体が動いた。

 それは、ただの魔物ではない“何か”だった。


 俺は息を呑み、心の中で小さくつぶやく。

 ……頼む、脱がずに済みますように。


 そして、戦いが始まった。

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