第70話 暴走する偽勇者像
王都の朝はいつもより騒がしかった。
広場の中央には、なぜか“見覚えのある像”がずらりと並んでいる。
顔と股間が墨で塗り潰され、筋肉だけが妙にリアルに彫られた全裸の男像。
どう見ても――俺、いや偽勇者像だ。
「な、なんでまた出てきたんだよ!?」
「しかも前より、顔と股間がツヤツヤしてるわね……」
リオナが呆れ顔でつぶやく。
通りすがりの子どもたちは、勇者像に石を投げては笑い転げていた。
「やーい! まっくろ勇者ー!」
「勇者さま、服きてー!」
完全にネタだ。もう泣きたい。
「エルナ、これ……祟りの対象じゃないよな?」
「えっ、ち、違いますよ!? たぶん……」
「その“たぶん”が怖ぇよ」
どうやらこの像は、どこかの商人が格安で仕入れて売っているらしい。
値札には“厄除け勇者像”一体銅貨五枚とある。
俺の偽物、安すぎないか?
◇
その夜広場が突然、白く光った。
人々は突然照らされた夜空を見て騒然となる。
俺たちが駆けつけると、昼間の偽勇者像たちがぼんやりと発光していた。
顔と股間に塗られた墨が青白く光り、ゆっくりと動き出す。
「ちょ、ちょっと!? 動いてる!?」
「おい嘘だろ……!」
まるで行進でも始めるように、像たちがぞろぞろと歩き出した。
その姿は壮観というより、お笑い演劇だ。
市民たちが歓声を上げる。
「勇者が来たー!?」
「いや違う、なんか違うー!!」
笑いと呆れが入り混じる騒動の中、俺は頭を抱えた。
「どう考えてもあのバカ参謀の仕業だな……」
「またあの人!? しつこすぎでしょ!」
「俺の羞恥心がどんどんすり減っていく……!」
◇
怪しい倉庫街を調べると、やはりいた。
グラナードが黒い外套を羽織り、部下たちと得意げに笑っている。
「ふはははっ! 新作“光る勇者像”はどうだ! 今回は発光素材を練り込んであるのだぞ!」
「いや、それもう技術の無駄使いだろ!」
俺が叫ぶと、グラナードは胸を張った。
「無駄使い? 違う! これは進化だ! 真の芸術は光と闇の融合だ!」
「お前、どっかのジジイに影響されただろ!」
その瞬間、倉庫の中で大量の像が一斉に光を放った。
部下たちが悲鳴を上げ、グラナードが高笑いする。
「これぞ“全裸の夜明け”! 我が名は――」
「はいはい、止めるぞ」
俺は上着を脱ぎ、ズボンを放り投げた。
全裸になると、瞬間に身体を魔力が駆け抜ける。
〈スキル モザイク〉
顔と股間をモザイクが覆う。今日も股間のモザイクは細かい。
両手を掲げ、魔力を巡らせた。
〈静流陣〉
発光する像を包み込み、魔力の暴走を静める。
音が消え、光がすっと消えた。
その静寂の中、俺の全裸だけが照らされている。
「シ、シゲルさん、その姿は……」
エルナが顔を真っ赤にして、ふらりと倒れた。
今日も、お約束どおりに事が進む。
鎮まり返った倉庫に騎士団が到着。
混乱の中、グラナードの部下たちは次々と取り押さえられた。
リオナが剣を抜きグラナードを狙うが、ヤツは墨の瓶を蹴飛ばして煙のように逃げた。
「逃げた!?」
「しぶといにもほどがある!」
「ま、また……?」
残されたのは捕縛された部下たちと、崩れ落ちた勇者像の山。
夜風が吹き抜ける中、リオナがため息をつく。
「もうこれ、王国の風物詩になってない?」
「……マジでやめてほしい」
◇
翌朝の街では“光る勇者像事件”が新たな笑い話になっていた。
“全裸の奇跡”だの“勇者の夜明け祭り”だの、もう好き放題だ。
エルナはまだ頬を染めながら言う。
「でも……皆さん、また笑顔になりましたね」
リオナは呆れ顔で肩をすくめる。
「平和って、なんか複雑ね」
俺はため息をつきながら答えた。
「……まぁ、服着て平和なら、それでいいさ」
遠くで神の声がくぐもって聞こえた。
『ほう、光る芸術と全裸の調和か……わしも弟子入りしたいのぅ』
「神、いらねぇから来るな!」
俺は空に向かって吠えた。




