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第70話 暴走する偽勇者像

 王都の朝はいつもより騒がしかった。

 広場の中央には、なぜか“見覚えのある像”がずらりと並んでいる。

 顔と股間が墨で塗り潰され、筋肉だけが妙にリアルに彫られた全裸の男像。

 どう見ても――俺、いや偽勇者像だ。


「な、なんでまた出てきたんだよ!?」


「しかも前より、顔と股間がツヤツヤしてるわね……」

 リオナが呆れ顔でつぶやく。


 通りすがりの子どもたちは、勇者像に石を投げては笑い転げていた。


「やーい! まっくろ勇者ー!」


「勇者さま、服きてー!」


 完全にネタだ。もう泣きたい。


「エルナ、これ……祟りの対象じゃないよな?」


「えっ、ち、違いますよ!? たぶん……」


「その“たぶん”が怖ぇよ」


 どうやらこの像は、どこかの商人が格安で仕入れて売っているらしい。

 値札には“厄除け勇者像”一体銅貨五枚とある。

 俺の偽物、安すぎないか?



 その夜広場が突然、白く光った。

 人々は突然照らされた夜空を見て騒然となる。


 俺たちが駆けつけると、昼間の偽勇者像たちがぼんやりと発光していた。

 顔と股間に塗られた墨が青白く光り、ゆっくりと動き出す。


「ちょ、ちょっと!? 動いてる!?」


「おい嘘だろ……!」


 まるで行進でも始めるように、像たちがぞろぞろと歩き出した。

 その姿は壮観というより、お笑い演劇だ。


 市民たちが歓声を上げる。


「勇者が来たー!?」


「いや違う、なんか違うー!!」


 笑いと呆れが入り混じる騒動の中、俺は頭を抱えた。


「どう考えてもあのバカ参謀の仕業だな……」


「またあの人!? しつこすぎでしょ!」


「俺の羞恥心がどんどんすり減っていく……!」



 怪しい倉庫街を調べると、やはりいた。

 グラナードが黒い外套を羽織り、部下たちと得意げに笑っている。


「ふはははっ! 新作“光る勇者像”はどうだ! 今回は発光素材を練り込んであるのだぞ!」


「いや、それもう技術の無駄使いだろ!」


 俺が叫ぶと、グラナードは胸を張った。


「無駄使い? 違う! これは進化だ! 真の芸術は光と闇の融合だ!」


「お前、どっかのジジイに影響されただろ!」


 その瞬間、倉庫の中で大量の像が一斉に光を放った。

 部下たちが悲鳴を上げ、グラナードが高笑いする。


「これぞ“全裸の夜明け”! 我が名は――」


「はいはい、止めるぞ」


 俺は上着を脱ぎ、ズボンを放り投げた。

 全裸になると、瞬間に身体を魔力が駆け抜ける。


〈スキル モザイク〉

 顔と股間をモザイクが覆う。今日も股間のモザイクは細かい。


 両手を掲げ、魔力を巡らせた。


静流陣(サイレントフロー)


 発光する像を包み込み、魔力の暴走を静める。

 音が消え、光がすっと消えた。


 その静寂の中、俺の全裸だけが照らされている。


「シ、シゲルさん、その姿は……」

 エルナが顔を真っ赤にして、ふらりと倒れた。


 今日も、お約束どおりに事が進む。


 鎮まり返った倉庫に騎士団が到着。

 混乱の中、グラナードの部下たちは次々と取り押さえられた。

 リオナが剣を抜きグラナードを狙うが、ヤツは墨の瓶を蹴飛ばして煙のように逃げた。


「逃げた!?」


「しぶといにもほどがある!」


「ま、また……?」


 残されたのは捕縛された部下たちと、崩れ落ちた勇者像の山。

 夜風が吹き抜ける中、リオナがため息をつく。

「もうこれ、王国の風物詩になってない?」


「……マジでやめてほしい」



 翌朝の街では“光る勇者像事件”が新たな笑い話になっていた。

 “全裸の奇跡”だの“勇者の夜明け祭り”だの、もう好き放題だ。


 エルナはまだ頬を染めながら言う。

「でも……皆さん、また笑顔になりましたね」


 リオナは呆れ顔で肩をすくめる。

「平和って、なんか複雑ね」


 俺はため息をつきながら答えた。

「……まぁ、服着て平和なら、それでいいさ」


 遠くで神の声がくぐもって聞こえた。

『ほう、光る芸術と全裸の調和か……わしも弟子入りしたいのぅ』


(ジジイ)、いらねぇから来るな!」

 俺は空に向かって吠えた。

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