第7話 街の片隅の魔導灯
ギルドの扉を開けた瞬間、紙の山と喧騒、それにセリナの弾む声が飛び込んできた。
「おはようございます、シゲルさん! 昨日の報告書、評判よかったですよ〜!」
「……報告書って、あれただの“焦げ跡の報告”だぞ?」
「字が綺麗ってマリアさんが褒めてました!」
「褒めるとこ、そこかよ……」
視線を向けると、カウンターの奥ではマリアが黙々と書類を仕分けていた。
凛とした横顔に昼下がりの光が差し込む。
その手際の良さと静けさが、ギルドの喧騒を一段落ち着かせている。
「今日は依頼です」
顔を上げぬまま、マリアが言った。
「街灯――魔導灯の修理に立ち会ってください」
「また立ち会い? この前も現場見学だったけど」
「今回も安全です。怪我の心配もありません」
マリアの声はいつもながら冷静で、それだけに妙に信頼できる響きを持っていた。
「お散歩ですよ〜!」と、セリナが能天気に笑う。
「まあ、やっぱり平和な依頼がいいな」
「ですよね! “安全第一”ですよ!」
――その軽い調子が、のちの地獄を暗示していた。
◇
昼下がりの職人通りは、鉄の焼ける匂いと、魔力のうねりが混ざっていた。
商人が怒鳴り、職人が叩き、煙突からは白い蒸気があがる。
その一角で、魔導灯の修理をしている一人の中年男がいた。
「ん? ギルドの立ち会いか? また見物人が増えやがった」
頑固そうな声の主はボルク。腕に巻いた革のバンドと煤まみれの顔が職人気質そのものだ。
「俺は邪魔しません。ただ見てるだけです」
「見てるだけが一番怖ぇんだよな。変に話しかけんなよ」
「了解です」
俺は光る魔力石を覗き込む。
そこには、淡い青の光が脈打ち、まるで生き物のように蠢いていた。
表面の模様は精密な魔術陣――
炎でも水でもない、もっと根源的な“魔力そのものの形”。
……すげぇな。これがこの世界の技術か。
理屈ではなく感覚で分かる。
今の俺なら、このエネルギーを“掴める”。
その確信が、じわじわと胸の奥を熱くしていく。
試してみたい……。俺の魔法が、どこまで通用するのか。
だが次の瞬間、自分で首を振った。
いや、ここは街中だ。全裸でやったら即通報コースだろ。
気持ちを落ち着け、俺は息を吐いた。
ボルクが魔導灯の心臓部に工具を差し込んだその時だった。
キィーン、と高い音。
魔力石の表面に走るひび――それは一瞬で広がり、光が溢れた。
「おい、待て! まだ固定してねぇぞ!」
「魔力が逆流してる!」
「全員下がって!」
マリアの声が鋭く響く。
職人たちが工具を投げ出して逃げ出す中、
俺は光の渦を見つめながら、無意識に足を前へ出していた。
……そうか。結局こうなるんだな。
俺は小さく息を吸い、裏路地へと駆け込んだ。
人気のない通りに飛び込み、周囲を見回す。
誰もいない。
俺は迷わず服を脱ぎ捨てた。
シャツ、ズボン、下着。
地面に落ちる音がやけに大きく響く。
冷たい風が肌を撫で、全身が魔力に満たされていく。
〈スキル モザイク〉
顔と股間にモザイクが掛かる。股間のモザイクは細かめだ。
魔力の逆流を制御!
〈光壁〉
暴走の光を包み込み、外への波動を遮断する。
しかし――力はそれを拒むように、さらに激しく跳ね上がった。
魔石が受けてる精神干渉を止めてやる!!
〈精神保護〉
急速に光が収縮し――爆ぜた。
ドゴォォン!!
爆風が走り、屋根瓦が舞い上がる。
近くの家の壁が「ボンッ」と黒く焼け焦げ、通りの看板が吹っ飛んだ。
俺はその場で固まり、煙の中で両手を上げた。
「……あ、やっべ……完全にやりすぎた……!」
焦げた木片を拾って体を隠そうとするが、
モザイクがあるせいで余計に目立つ。
「いやこれバレる! 絶対バレるやつ!」
『おお、見事な破壊美じゃのう。屋根まで飛んどる』
「黙れ神ィィ!」
慌てて服を着直し、髪を手で整え、息を整えて現場に戻る。
焦げ臭い煙が通りに残り、職人たちがざわついていた。
「し、シゲルさん!? 無事だったか!?」
ボルクが叫ぶ。
「あ、あはは……ええ、ちょっと離れてたので」
「屋根が吹き飛んだぞ! 天罰かと思った!」
「ま、魔力石がかなり暴れたみたいですね!」
「魔力石が? でもあんな爆発見たことねぇぞ!?」
「ええと……ほら、長年の劣化とか、熱膨張とか……?」
「魔力石ってそんな物理現象で壊れんのか!?」
「い、いや、その……多分!」
マリアが焦げた壁を見上げながら淡々と記録を取っている。
「魔力石暴走による局所的損壊……了解です」
「そ、そうです! それです!」
「ですが……あの発光現象、自然とは思えませんでした」
「そ、そうですか? 俺にはよく見えなかったです」
「……まぁ、報告には書きません」
その視線が、一瞬だけ鋭く光った。
うわ……絶対バレてる。ぜんぶお見通しパターンだ。
◇
修理が終わる頃には夕日が街を包んでいた。
新しい魔導灯が再び灯り、オレンジ色の光が穏やかに揺れる。
職人たちは口々に。
「まったく寿命だな」
「次は丈夫な石を使う」
と言いながら帰っていった。
俺はその光を見上げながら、ひとりつぶやいた。
「……力って、結局、抑えるのがいちばん難しいんだよな」
『嘘をつくのもまた、勇気じゃぞ?』
「神、ほんとに……!」
吹き飛んだ屋根の下、“全裸で最強”の男は、今日も静かに反省するふりをした。
風に揺れるモザイクの残光だけが、夜の街に小さく残っていた。




