第69話 噂と金と愚者たち
逃亡者グラナードは、かつて帝国の名を背負った三等参謀――いや、今やただの無職である。
全裸勇者作戦を三度も失敗し、皇帝の怒りを買い処罰寸前で脱走した。
彼が今いるのは、国境近くの廃村の倉庫跡だった。
「くそ……くそぉ……! なぜだ、なぜ我が天才的作戦が理解されん!」
彼の背後で、数名の部下たちがうす汚れた毛布にくるまりながらぼそぼそと話していた。
「参謀、いつまでここで暮らすんです?」
「もう薪も食料も尽きますよ」
「というか……まだ“参謀”って名乗る気なんですか?」
グラナードは振り返り、ガタンと椅子を蹴った。
「うるさいっ! 我々はまだ負けておらん! この戦は――情報の戦いだ!」
「……あー始まった」
「……三度目の末期症状」
机の上には、しわくちゃの紙が一枚。
墨で大きくこう書かれている。
“極秘作戦書:第四次全裸勇者対策”
グラナードは鼻息荒く語り始めた。
「王国に噂を流せ! “全裸の勇者が次期王になる”と!」
「……それ、逆に人気出ません?」
「黙れ! 王国の民は困惑し、王政は崩壊するのだ!」
部下のひとりがぼそっと呟く。
「崩壊する前に笑われそうですけど……」
グラナードは拳を突き上げる。
「笑い? それこそが油断の証! 奴らを笑い死にさせてやるわ!」
部下の誰もが突っ込めない。
◇
数日後、王都リーベルでは。
「勇者が次期王!?」
「王女と結婚するらしいぞ!」
「全裸国王の誕生か!?」
街は大騒ぎだった。
だが誰一人“混乱”などしていない。
露店では、全裸勇者まんじゅう、モザイク団扇、脱げるお守りなどが飛ぶように売れている。
子供たちは「勇者ごっこ!」と叫んで駆け回る。
――結果、経済は活性化していた。
ギルドの窓際で俺たちはその光景を見下ろしていた。
「……なんでこうなるのよ」
「知らねぇよ。俺が宣伝したわけでもねぇ」
エルナがほわっと笑って手を合わせる。
「でも皆さん、楽しそうです」
リオナは額を押さえた。
「もう止める気も起きないわね」
「平和なら……まぁいいか」
◇
同じ頃、国境の廃村では。
「報告! 王国が……盛り上がっております!」
焦って駆け込む部下の声に、グラナードは椅子から飛び起きた。
「混乱しているな!?」
「いえ、経済的に、です。“勇者グッズ”が爆売れしているとか」
「なにぃ!?」
机を叩く音が、廃倉庫にこだまする。
「つまり……我々の噂が経済効果を生んだのか!」
「はい、王国では“全裸勇者まんじゅう”が名物に」
「くっ……我々が生んだ伝説で、王国が潤っているだと……!」
だが次の瞬間、グラナードの目がギラリと輝く。
「ならば! 我々が作れば、もっと儲かるではないか!」
「……参謀、目的がずれてませんか?」
「ずれておらん! 混乱より、儲けだぁぁ!」
◇
数日後、王国との交易路沿いの闇市では、見慣れぬ露店があった。
「さぁ見よ! 新生全裸勇者公式グッズだ!」
店主はもちろんグラナードである。
木箱には、顔と股間墨塗り仕様の勇者像、墨塗りマント、墨フェイスパック”が並ぶ。
「……これ本当に売れるんですか?」
「芸術は理解されるはずだ!」
「そもそも本物の勇者はモザイクなんですよ」
「墨でも似たようなもんだ!」
グラナードはそう言い放ち、得意げに勇者像を掲げた。
しかし通りすがりの王国民が言う。
「顔と股間が墨? 違うよ、勇者さまはモザイクだ!」
「これじゃただの汚れた人形じゃん!」
……売れない。
そのうち衛兵がやってきた。
「下品な像を作った罪で、貴様らを拘束する!」
「な、なんだと!? 我が芸術が侮辱だというのか!」
「その墨の像で、子どもが泣いて逃げたぞ!」
部下たちは慌てて露店を畳み、グラナードの腕を掴む。
「参謀、逃げましょう!」
「離せ! まだ売れるはずだ!」
「無理です! 通行人に偽物だって言われてます!」
グラナードはなおも吠える。
「ぐぬぬぬ……待て、ひらめいたぞ!」
「また始まった!」
地面に転がった墨壺が倒れ、地面に広がった黒い染み――
その形が、奇妙に“勇者のシルエット”に似ていた。
グラナードはその染みを見つめ、震える声で叫ぶ。
「これだ……これしかない! “偽勇者像完全版”を作るのだ!」
「な、なにそれ!?」
「顔と股間を光る墨で塗り、完璧に再現する! これぞ本物への反逆だ!」
部下たちは頭を抱えた。
「この人もう完全にだめだ……」
「参謀っていうより、ただの墨マニアですね」
その場から逃げ出す部下たちの後ろで、グラナードの笑い声が夜空に響く。
「はーっはっはっはっは! 世界は我が芸術にひれ伏すのだぁぁ!」
……だが、彼の“偽勇者像完全版作戦”が誰にも相手にされることは、なかった。




