第67話 三人の偽勇者 ― 眩しい戦い ―
帝国の宮廷地下。
黒い石の壁に囲まれた会議室には、怒号とため息が混ざっていた。
蝋燭の炎がゆらめき、高官たちの顔に陰影を作る。
「二人目の偽勇者が捕まっただと!?」
「王国の民に笑われて終わりとは、恥さらしもいいところだ!」
「“全裸の偽勇者”という作戦名からして間違っている!」
机を叩く音の中、ただ一人、グラナードは沈黙していた。
そして、ゆっくりと笑みを浮かべる。
「……ならば三人だ」
「は?」
「なんだと?」
ざわめく声を無視して、彼は書類を机に並べた。
三枚の肖像画が並ぶ。
そこには、チビ、ノッポ、ハゲの三兄弟。
帝国でも底辺の諜報員たちだ。
「奴らは幼少期から息が合っている。三人揃えば、一つの強力な馬鹿になる」
「……誉めているのか、それは」
「愚かさは混乱を生む。最も恐ろしい武器だ」
グラナードの瞳が怪しく光った。
「訓練を始めろ。光頭三連星の完成まで、三日だ」
◇
帝国訓練場。
朝の光が差し込む中、全裸の三兄弟が並んで立つ。
顔と股間には真っ黒な墨。
空気は真剣そのもの……のはずなのに。
「ノッポ兄ぃ、風が冷たいっす」
「チビ、黙れ!修行だ!」
「ハゲ兄貴、光って前が見えません!」
「それが俺の武器だッ!」
教官は頭を抱えた。
「……帝国は、いつからこんな国になった……」
それでも三兄弟は息を合わせて立ち上がる。
チビが下、ノッポが中段、ハゲが頂上。
組体操のように積み上がり――叫ぶ。
「光頭三連星ェェェ!!」
ピカァァァァァァァンッ!!
ハゲの頭頂から閃光が炸裂。
訓練場が昼のように輝き、教官も高官も叫んだ。
「目がァァァァァァ!!!」
「ハゲが太陽だッ!!」
グラナードは満足げに腕を組み、呟いた。
「いい……この馬鹿さ加減が王国を混乱させる」
◇
数日後、王都中心街の広場。
昼下がりの陽気な市場に、突如として人の波が集まり始めた。
「勇者だ!」
「今度は三人出たぞ!」
商人たちが口々に叫ぶ。
果物屋のおばさんは手を止め、子どもたちはパンを抱えて走り出した。
「また全裸か?」
「うちの店の前でやるなよ、客が逃げる!」
「いや、見物客が増えるかも」
「商魂たくましいな!」
市民たちがわいわいと集まり、広場はちょっとした祭り騒ぎに。
舞台の上には三人の影――チビ、ノッポ、ハゲ。
「我らこそ真の勇者! 三勇者シゲルズ!!」
その名乗りに、一瞬の静寂。
……次の瞬間、大爆笑。
「シゲルズって!」
「増えてるやん!」
「あのハゲ、輝きすぎ!」
子どもたちは指を差して笑い、露店の主人まで手を叩いて笑っている。
「行けぇー!チビ!」
「ハゲー!まぶしいー!」
リオナは腕を組み、深くため息をついた。
「……ほんと、どこまで脱ぐのこの国」
俺は顔を覆いながら呟いた。
「関係ないけど、俺のせいにされる未来が見える……」
ステージの上で三兄弟が組体操を始める。
チビが支え、ノッポが伸び、ハゲが頂上で仁王立ち。
「三位一体! 光頭三連星ェェェ!!!」
ピカァァァァァァン!!
光が炸裂。
パン屋の看板が焦げ、猫が跳ね上がり、ハトが真っ逆さまに落ちてきた。
「ぎゃあああ!」
「パンが黒焦げに!」
「水、誰か水ーっ!」
リオナの眉がピクリと動く。
「こいつら……本気で燃やす気?」
そして剣を抜いた。
剣の腹をひらりと返し、リオナは跳び上がる。
そのまま、振りかぶって――
パァァァァァンッ!!!
ハゲの頭に剣の腹が炸裂。
乾いた音が王都中に響き、光がパッと消えた。
ハゲは空中を一回転し、広場の噴水に着水。
「兄貴ィィィィ!!」
「うわ、今の音スカッとしたな!」
「見ろ、ハゲから虹が出てるぞ!」
人々は大笑い。
エルナは呆然としながら呟く。
「ま、また……裸の人たちが……」
俺は頭を掻いて苦笑した。
「エルナ、気にするな。もはや恒例行事だ」
◇
夕暮れのなか、捕らえられた三兄弟は広場の隅で反省文を書いていた。
『二度と人前で全裸にはなりません』
市民たちは笑顔で帰っていく。
子どもが地面に描いた落書きには、こう書かれていた。
“ひかるはげのゆうしゃさいこう!”
リオナは腕を組んで小さく笑った。
「まあ……平和ってことね」
エルナは頬に手を当てながら微笑む。
「笑いの力って、すごいですね」
俺は空を見上げ、ため息をつく。
「もう、どこまで行っても恥しか残らない気がする……」
その瞬間、頭の中に神の声が響いた。
『ふむ、三人は良いな。今度は五人にしてみようか』
「やめろ神ィィィッ!!!」
風が吹き、広場に笑い声が響いた。
それは、戦いよりも確かな“平和”の証だった。




