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第66話 城下の混乱と痩せた勇者

 王都では、また妙な噂が広がっていた。


 “全裸の勇者が二人いる”――らしい。


 なんだそれは。二倍恥ずかしいわ。


 昼下がりの露店通り、焼き菓子を買っていたとき、耳に入ってきた会話に思わず立ち止まる。


「顔と股間を墨で塗ってたんですって!」


「でも前の人より細かったらしいわ。ひょろひょろで……あれで勇者?」


「見た目が貧弱なのに雷を落としたんだって!」


 いや、それ絶対俺じゃない。

 リオナが隣で腕を組んで呆れ顔をしている。

「細いってところが決定的に違うわね」


「いやいや、問題はそこじゃないだろ」


「勇者って、そんなに増えるものなんですか?」

 エルナが純粋に尋ねる。


「増えるな。増えないでくれ」


 俺は溜息をつきながら通りを抜けた。

 街の子供たちが“全裸勇者ごっこ”をしているのが見えた。


「ぬぎぬぎビーム!」

 顔と股間に墨を塗り走り回っている。


 俺は静かに天を仰ぐ。

 ……もうこの世界、終わってないか?



 王都の冒険者ギルドに向かうと、建物の前にも人だかりができていた。

 王都のギルドはリーベル支部とは比べものにならないほど大きい。

 石造りの壁に王国の紋章、受付嬢がニ十人は並んでいる。

 慣れない喧騒に、エルナは少し緊張している様子だった。


 一人の受付嬢が俺たちを見ると、すぐに書類をまとめて顔を上げた。

「シゲルさんたち、来てくださってよかった。――いま王都で妙な動きがあるんです」


 俺たちは応接用のテーブルに案内され、彼女は声を潜めた。

「帝国の密偵が、王都に潜伏しているとの情報です。彼らは“勇者の噂”を利用して、民を混乱させる計画を立てているらしいんです」


「つまり、その“痩せた勇者”ってやつが……囮か」

 リオナが腕を組む。


「そう見て間違いないでしょう」


 俺は頭をかいた。

「……結局、また脱ぐ流れになるのか」


「その時は、私は見ないようにします」

 エルナが頬を赤らめる。


「でも、見ないと危ない時もあるだろ」


「どういう時!?」

 リオナが突っ込み、俺は呟いた。

「……全裸の俺が言うのは恥ずかしいな」


 受付嬢はそんなやりとりに苦笑しながらも、真剣な表情で地図を広げた。

「偽勇者の出没場所は主に王都中心の広場周辺。今夜も何かが起こるかもしれません」


 俺たちは顔を見合わせた。

「つまり、行けってことだな」


「そういうことね」

 リオナが立ち上がり、腰の剣を軽く叩いた。



 夜の王都広場は祭りのような賑わいに包まれていた。

 空には満月、石畳は灯火に照らされ、人々が笑い、音楽が響いている。

 だがその中心に、場違いな“何か”がいた。


 痩せ細った男。全裸だ。

 顔と股間を墨で塗りつぶし、両手を広げて叫んでいる。


「我こそ真の勇者シゲルなり! 王都を救う全裸の勇者だぁぁ!」


 人々の笑い声が広場に響く。

 俺は額を押さえた。

「頼むから名前使うなよ……」


「もう見てるだけで恥ずかしい」

 リオナが突っ込むと、エルナは頬を染めて呟く。

「勇者って……服、着ないんですか?」


「普通は着る! 俺は例外!」


 偽勇者はさらに大げさにポーズを決めると、足元の魔道具を振り上げた。

 次の瞬間、耳をつんざく音とともに暴風が破裂した。

 屋台の果物が宙を舞い、悲鳴があがる。


「やっぱり仕掛けてきたか……」

 俺はリオナに目配せをし、路地裏へと駆け込んだ。


 上着を脱ぎ捨て、ズボンを放り、全裸になる。

 夜風が肌を撫で、空気が一瞬で変わった。

 魔力が体の芯に流れ込み、全身が熱を帯びる。


〈スキル モザイク〉

 顔と股間をモザイクが覆う。股間のモザイクは細かい。


 広場に戻ると、エルナがこっちを見て固まっている。


「し、シゲルさん!? ま、また脱いで……!」

 ぱたり。

 見事な倒れっぷりだった。


 もう慣れた。

「今日もお約束達成だ……」


 まずは、偽勇者を片付けないとな。


風球(ウィンドボール)


 複数の風の球体が空中に生まれ、偽勇者を弾き飛ばす。


 しかし、魔道具の中心がまだ赤く光り、渦が続いていた。


「……もう一発いくか」


雷球(サンダーボール)


 青白い雷が弾け、偽勇者の体を直撃する。


「ぎゃぴぃぃぃぃ!?」


 間の抜けた悲鳴を上げ、男は白目を剥いて倒れた。

 煙が立ち上る。


 リオナが駆け寄る。

「毎回全裸で解決するあんた、ほんとどうかしてる」


「服着たら魔法出ねぇんだよ」


「……知ってるけど、恥ずかしいわ」


 周りの目が気になり、急いで服を着る。


「ひゃ、ひゃ……ひゃひゅへへ……」

 倒れた偽勇者は、体を痙攣させながら訴えている。


「何語?」

 頭を捻るリオナ。


「たぶん“助けて”だ」


 その時、エルナが意識を取り戻し、ゆっくり体を起こした。

「ま、また……見ちゃったんですね、私……」


 まだ顔が真っ赤だが、彼女は震える手で杖を構える。


「〈治癒(ヒール)〉」


 淡い光が偽勇者を包み、雷の痺れがやわらいでいく。


 偽勇者は大きく息を吐き、いきなり喋り出した。

「ち、違うんだ! 俺は帝国の密偵で! 命令されて仕方なくやったんだ!」


「“痩せろ”って言われて! “墨塗れ”って言われて! “服を着るな”って命令されたんだぁぁぁ!」


 広場中が静まり返る。


「……自分から吐いた」

 リオナが苦笑する。


「ダサすぎる……」

 俺も苦笑だ。


「でも、ちゃんと任務をこなしててえらいです」

 エルナは真剣な顔で囁やく。


「褒めるな!」


 偽勇者はそのまま衛兵に引きずられていった。

 人々は笑いながらも安堵の拍手を送る。

 風が通り抜け、灯火が揺れた。


 リオナが小声で言う。

「……帝国、こっちの様子を探ってるわね。あの密偵もその一端」


「だろうな。今度は“全裸の痩せ型”か……」


「次はどんなタイプが来るんでしょうね」

 エルナが小首を傾げる。


「来るな!」



 夜空を見上げると、満月の光が街を包んでいた。

 王城の高塔が淡く照らされ、その上を一筋の風が駆け抜ける。


「……終わったな」

 リオナが深く息を吐く。


「少なくとも今夜はな」


「でも、痩せた勇者さん……かわいそうでした」とエルナ。


「同情すんな、あれはただの密偵だから」


 俺は苦笑しながら夜風を受けた。

 月光の中、あの声が頭の奥で囁く。


『痩せた方も、なかなかいい味を出していたぞ、シゲル』


「うるさい、(ジジイ)……」


 風が静かに街を抜けていった。

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