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第65話 城の静寂と動き出す影

 王都の城門が見えたとき、正直ほっとした。

 長い戦いと追跡の末に王女を救い出した俺たちは、王の使者に導かれて無事帰還したのだ。

 街の入り口にはすでに多くの人が集まり、俺たちの馬車を取り囲んでいた。


「おおっ、勇者シゲルだ!」


「全裸で王女を救ったって本当か!?」


 ……やっぱり、そこが強調されるのか。

 フードを深くかぶり、顔を隠す俺の横でリオナが吹き出す。

「いやあ、英雄扱いされるのも悪くないんじゃない?」


「全裸の英雄とか。この恥ずかしさは後世に残るレベルだぞ……」


「大丈夫。モザイクのおかげで威厳は保たれてる」


 エルナは手を合わせて祈るような仕草をしながら、小声で呟く。

「……次こそ服を着たまま英雄に……」


「努力目標にはしてるよ」


 王都の人々の歓声を背に、俺たちは王城へと入った。


 謁見の間で王女は正式に報告を終え、国王は俺の方へ向き直る。

「改めて、シゲル殿……いえ、勇者殿。本当に感謝いたします」


「いえ、その……勇者ってほどじゃ」


 周囲の貴族たちがざわめく。

 俺は褒められるのに慣れてない。

 褒められたうえに“勇者”って呼ばれるのは、むず痒さで死ねそうだった。



 夜の王城では祝宴の準備が進められていたが、ある場所では別の会議が開かれていた。


 ――同じ夜、遠く離れた帝国。


 黒い幕の張られた会議室に、五人の高官が集っていた。


「王国には“光る全裸の勇者”がいるそうだ」


「……馬鹿げている。だが噂の出所が問題だ」


「王女を救ったのは事実。放置は危険だ」


 机の上に置かれた報告書には、たったひとつの名前が記されている。

 “全裸魔法使いシゲル”――


 高官の一人、グラナードが冷たく笑った。

「よかろう。ならば再度“偽の勇者”を放て。混乱を生むのだ」


「またあの墨塗りか?」


「方法は守れ。ただし今回は少し痩せ型にしろ。前は太すぎた」


「……痩せた全裸勇者、ですか」


「滑稽で結構だ。混乱にはそれが一番だ」


 翌日、帝国の地下訓練場。

 痩せこけた男が、黒い墨で顔と股間を塗られながら直立していた。


「お前が“勇者シゲル”だ」


「はっ、了解です!」


「決して服を着るな。威厳が失われる」


「はっ!」


 そのやり取りを見守る教官たちの表情は真剣そのものだった。

 滑稽なのに、奇妙で不気味な光景だった。


 ――その夜、俺はそんなことが起きているとは知る由もなかった。

 王城の窓から見える灯りの下で、ただ静かに風の音を聞いていた。



 そして数日後の朝、王都に奇妙な報告が届いた。


「陛下、報告です! 市外に“全裸の勇者”が出現しました!」


「なにっ!? また勇者か!?」


「はい、しかも……今回は痩せております!」


 玉座の間が凍りついた。

 王は眉をひそめ、宰相バルセノアが机を叩く。


「なんと不敬な! 国の威信が地に落ちるではないか!」


「し、しかし、民衆は“勇者再臨”と騒ぎ立て……!」


 その頃、俺は客室でお茶を飲んでいた。


「なんか、また妙な噂が立ってるらしいけど」


「シゲル、外に出てないよね?」

 リオナが目を細める。


「出てない! ここ数日は城内にいた!」


「寝ぼけて脱いでませんか?」

 エルナが恐る恐る聞いてくる。


「寝ぼけて脱ぐか!」

 ほんとにやめてくれ。俺の社会的地位はもはや粉々だ。



 一方そのころ、王城の地下書庫では一人の男が通信魔法の鏡に手をかざしていた。

 王の侍従長、カーディス――帝国の内通者である。

 鏡の中にはグラナードの影が映る。


「偽勇者を放った。噂を広げろ。王国を混乱させよ」


「承知しました。すでに市井では“二人の勇者”の話が出始めています」


「上出来だ。王を惑わせろ。戦の準備を遅らせるのだ」


 通信が途切れたあと、カーディスは机に置かれた一枚の紙を手に取る。

 そこには、貧相な体つきの全裸男が描かれていた。

 顔と股間が黒く塗りつぶされている。


「……痩せ過ぎだろ、これは……」



 夜風が静かに吹く。

 俺は庭のベンチに座り、星を見上げていた。

 リオナがやって来て、隣に腰を下ろす。


「聞いた? やっぱり“偽のあんた”が出たって」


「もう勘弁してくれ……今度はどんなヤツだ?」


「痩せてて、ヒョロヒョロだったらしい」


「なんだそりゃ……」

 俺は頭を抱えた。


 しばらくして、エルナが温かい飲み物を持ってくる。

「でも……噂が広まるのは早いですね」


「それが狙いなんだろうな」

 俺はカップを見つめながらつぶやいた。


「誰かが、偽勇者を操ってる。……きっと、また面倒なことが起きる」


 風が、城壁の向こうから流れてくる。

 その風には、鉄の匂いが混じっていた。

 遠く、帝国の夜がざわめく音が聞こえた気がした。


 そして俺は知る。

 この静けさのあと、もっと大きな嵐が――

 裸であろうと服を着ていようと、避けられない戦いが待っていることを。

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