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第64話 王女救出 ― 砂塵の追跡戦

 夜明けの王都は、嵐の前のようにざわめいていた。

 馬の嘶き、甲冑の音、兵士たちの怒声。

 王女誘拐――その報が伝わって、まだ一刻も経っていない。

 しかも、犯人の姿は“全裸の勇者”にそっくりだという。


「だから俺じゃないって!」


 俺は朝から王城で弁解していた。

 だが信じてもらえたのはリオナとエルナだけ。

 宰相は冷たい目を向け、周囲の貴族たちはヒソヒソと噂を交わしている。


 王は沈黙を破り、静かに言った。

「勇者シゲルよ。わしは信じておる。しかし――」


 その言葉の先を言わずとも分かった。

 王女を救い出す。それが俺に課された使命だった。



 王城を出た俺たちは、夜明けの街を駆け抜けた。

 朝の光が屋根瓦を照らし、遠くで鐘が鳴っている。

 道には倒れた兵士が数名。

 焦げ跡、焼けた木々――雷の魔法の痕跡。


 エルナが屈み、指先を光らせた。

「……雷属性の魔力です。でも、歪んでる。人為的に増幅された跡があります」


 倒れた兵士たちは、エルナが治療魔法を使い回復していく。


 リオナが舌打ちする。

「つまり、あの偽勇者は雷魔法を使えるってことね」


「まあ……真似しやすい属性ではあるけどな」


「そうなの?」


 俺たちは街道を北へ。

 道中、逃げる賊の足跡を見つけ、馬を走らせた。

 砂埃の向こう、峡谷の影が見える。



 峡谷の入り口――冷たい風が吹き抜ける。

 岩の間には黒装束の賊たちの姿が見える。

 その中央に縄で縛られた王女が怯えた目で座らされていた。


 俺は息を潜めた。

「……あれが、偽勇者の仕業か」


「何にせよ、早く助けるわよ」

 リオナが剣を抜く。


 俺は一歩前に出た。

「リオナ、頼む。少し下がっててくれ」


「……あんた、まさか」


「うん、そのまさかだ」


 俺は迷わず服を脱ぎ始めた。

 流れる風と共に、身体に魔力が漲る。


 リオナが顔を覆い、エルナは「あっ……」と言ったきり硬直する。


〈スキル モザイク〉

 顔と股間をモザイクが覆う。股間のモザイクはいつものとおり細かい。

 峡谷に流れる風が一瞬、静まり返った。


「裸の男が出たぞ!」

 賊の一人が叫び、弓を引く。

 魔法の詠唱も聞こえてきた。


爆風(ウィンドブラスト)


 俺の魔法がいち早く突風を呼び、峡谷を駆け抜けた。

 砂と岩が舞い上がり、賊たちは宙を転がる。

 リオナがその隙に王女へ駆け寄り、縄を切った。


「ご無事ですか!」


「は、はい……でも、その……あの裸の方は?」


「見ないでください!」


 俺は地面に手をつき、魔法を発動。


樹木拘束(タイガバンド)


 大地から木の根が伸び上がり、逃げようとする賊を絡め取った。


 渓谷に静寂が戻る。

 風が吹き抜け、王女が小さく息をつく。

 俺はその姿を確認してようやく息を吐いた。


 その瞬間――背後から「ぱたん」という音が。

 エルナが目を回して倒れていた。お約束の発動だ。



 捕縛された賊たちは十数人。

 俺たちは全員を峡谷の広場に集めた。

 顔と股間に墨を塗った裸の偽勇者の姿は、どこにもない。


 王女は眉をひそめて囁く。

「たしかに……裸で顔と股間が黒く塗られた者が……でも、もう見当たりません」


 リオナが周囲を見回し、腕を組んだ。

「ってことは、服を着て紛れ込んでるわね」


 俺は一歩進み出て、捕虜たちを見渡す。

 その中に、一人だけ――息を荒くしている小太りの男。

 顔には焦りの色が見える。

 服は土まみれだが、どこか慣れた様子でとぼけているようだ。


 王女がその男を指差した。

「この者です……わたくしを攫ったのは、この者です!」


 男の顔が一瞬、引きつった。

 俺はゆっくりと手をかざす。


鑑定(アプレイザル)


 淡い光が男の身体をなぞり、魔力の残滓が浮かび上がる。

 ――股間付近に、黒い墨の反応。


「ズボンを脱がせれば、はっきりするさ」


 俺の一言で、場が凍りついた。

 リオナが絶叫する。

「言い方ぁぁぁっ!」


 王女は真っ赤になり、エルナは気絶したまま小刻みに震えている。


 小太りの男は観念して叫んだ。

「ま、待ってくれ! 認める! 俺がやった! 股間の墨を落とす時間がなかったんだよ!」


 俺はため息をつきながら腕を組む。

「こんな小太り野郎と俺を間違えるな!」


 堂々と言い放った。……全裸で腕を組みながら。


 王女の悲鳴が峡谷にこだました。

「やっぱり勇者は全裸ですわーーっ!」


 リオナが頭を抱える。

「ほんとにもう、締まらないわねぇ」


 そのとき、地面に倒れていたエルナが目を覚まし、状況を見てまた気絶した。

「……お約束完了、本日二回目」


 思わずぼそっと呟いた俺に、リオナの肘が飛んできた。




 夕陽が峡谷を染めるころ、捕虜たちは兵士に引き渡された。

 王女は馬車に乗り、何度も俺たちに頭を下げた。

「本当に……ありがとうございました」


 リオナが笑いながら言う。

「もう少しで“全裸の誘拐犯”扱いだったけどね」


「ほんとそれな……」


 風が吹いた。

 峡谷を抜ける風は、どこか穏やかだった。

 まるで、黒風の残響が再び癒やしの風へと戻ったように。


 俺は空を見上げた。

「……服を着て平和に生きたいだけなんだけどな」


 リオナが小さく笑う。

「それ、もう無理だと思う」


 その言葉に、俺は苦笑した。

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