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第61話 国王の試練と全裸の勇者

 朝一番に国王から届いた命令は、謁見の知らせではなく能力の確認だった。

 王国の宮廷魔導師と戦い、実力を見せよときた。

 朝食の前にこの命令か、俺は絶賛帰りたい気持ちに包まれる。


「あんたの気持ちは分かる。好きにすれば」

 リオナが他人事のように呟くと、エルナが祈るように見上げて。

「国王ではなく、国民のことを考えて下さい」


 静かにのんびりと暮らすのが俺の夢。

 ここは不快感を押し込んで我慢してやるか。



 朝食を済ませると、王城の裏庭にある訓練場に導かれた。

 広大な砂地に焦げ跡と訓練用の木人が並び、観覧席には国王と王女、宰相、そして騎士や魔導師が詰めかけていた。

 空気は熱気を帯び、誰もが噂の“勇者”を見ようと息を詰めている。


 俺は中央に立ち、砂の感触を確かめながら深呼吸した。

 リオナとエルナは少し離れた場所から見守っている。


「本当にやるのね……」


「もう避けられねぇな」


 王女が不安げに手を握り、国王がゆっくりと声を発した。

「シゲル殿、気負うことはない。これは形式の試練だ」


「城をブッ壊さないように気をつけます」


 宰相が冷たく笑う。

「自信過剰な言葉だな。おぬしが焦げぬように祈ってやろう」


 周囲からくすくすと笑い声が漏れる。

 俺は小さく息を吐いた。


 対峙するのは宮廷魔導師バルド。

 白い髭を揺らしながら杖を構え、魔力を集め始めた。

 空気の震え方――この感じ、風属性だ。


 来るな。詠唱のリズムからして、風刃系だ。


 俺は一瞬だけ目を閉じると、服とズボンを脱ぎ捨てる。

 身体は魔力に覆われ、尻が淡く光る。


「ちょっ、もう!?」

 リオナが叫ぶ。


 観覧席がざわめく。

 王女が顔を真っ赤に染め、宰相が腰を浮かせた。


〈スキル モザイク〉

 顔と股間をモザイクが覆う。股間のモザイクは細かい。


 空気の密度が変わる。

 魔力の流れが手に取るようにわかる――

 バルドの詠唱が終わる寸前に、俺は先に動いた。


防御結界(ディフェンスバリア)


 透明な防御壁が瞬時に展開する。


 直後、バルドの声が響く。


「――〈風刃(ウィンドブレード)〉!!」


 無数の刃が空気を切り裂くが、結界に当たった瞬間に霧のように消えた。

 観客席から驚きの声が上がる。


「風刃が……消えた!?」


「今の結界は、バルドさまの詠唱より早かったぞ!」


「ヤツは詠唱をしてないからだ!」


 リオナが腕を組みながら呟く。

「出だしから脱ぐとか、相変わらずバカね」


 横でエルナが両手を頬に当てた。

「シ、シゲルさんっ、どうして裸に――」

 次の瞬間、ふらりと気絶した。安定のリアクションだ。


 バルドは歯ぎしりしながら詠唱を変えた。


「ならば、これでどうだ! 〈雷嵐(サンダーストーム)〉!」


 稲妻が天を裂き、轟音が訓練場を震わせる。

 だが、俺の結界の内側は静寂だった。

 髪の先が少し揺れる程度だ。


 リオナがぼそり。

「……髪、ハネてるわよ」


「気にすんな」


 バルドがさらに魔力を溜め、怒号を上げた。


「王の前にて裸で魔法を使うとは無礼千万っ! ならば――焼き尽くしてくれるわ!」


「〈炎円(ファイアサークル)〉!」


 地面に赤い紋が走り、火の輪が幾重にも広がった。

 炎が渦を巻きながら立ち上がり、俺を中心に円を描いて迫る。

 熱風が肌を焼き、観覧席の騎士たちが思わず顔を覆った。


「シゲル、危ない!」

 リオナが叫ぶ。


 けれど、俺は動かない。


樹木拘束(タイガバンド)


 砂地を割って木の根が伸び、火の輪の外側から突き上がった。

 炎を吸い込みながら枝が絡み、燃え盛る輪を粉砕する。

 そしてそのまま、バルドを後方から縛り上げた。


「ぐぬぬっ……離せぇっ、まだだ!」


「いや、もう十分だろ」


 木の根がさらに強く締めつけ、バルドの杖を取り落とさせた。

 彼は空中で数秒じたばたした後、項垂れるように力を抜いた。


「……負けだ」


 木の根が解け、砂埃が静かに落ちる。

 炎の残滓が風に流され、訓練場に静寂が戻った。


 国王が立ち上がり、低く響く声で告げる。

「見事だ、シゲル殿。その力、確かに我が国の希望となろう」


 宰相は唇を噛み、王女が真っ赤な顔で呟いた。

「……ほんとうに、すごかったです……いろんな意味で」


 俺は慌てて服を拾い、必死に着直した。

「ち、違うんです、これは仕様で……!」


 観覧席が爆笑に包まれる。

 気絶していたエルナが目を覚まし、ぽかんと辺りを見回した。

「……わたし、また気絶してたんですね?」


「うん、定番だ」

 リオナが肩をすくめた。



 深夜、訓練場の裏手で一人の男が密書を手にしていた。

 封蝋には黒い鴉の紋。


『帝国へ報告。裸の魔導士、王国に在り。』


 鴉が夜空へ飛び立ち、月光の下に消える。

 風がわずかに吹き、遠くで雷鳴のような音が響いた。

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