第60話 王都の喧騒と王城
十五日間の長旅を終え、俺たちはついに王都の城門へとたどり着いた。
遠くからでもその規模はわかっていたが、実際に目にすると圧倒される。
城壁は高く、門の前では衛兵が何十人も立ち並び、行き交う人々の列は途切れない。
リオナが目を丸くした。
「うわぁ……すごいわね。人が蟻みたいにいる」
エルナは祈るように両手を組む。
「これが王国の中心……なんて立派な街なのでしょう」
俺は肩をすくめてため息をつく。
「立派すぎて落ち着かねぇな。屋根裏の方が性に合ってる」
門をくぐると、王都の大通りがまるで別世界のように広がっていた。
石畳は磨かれ、道の両脇には屋台や店が並び、香辛料と焼き菓子の匂いが入り混じる。
けれど、人々の話題はどこも同じだった。
「黒風を倒した勇者が来るらしいぞ」
「光る魔法使いだって!」
……いや、光ってたのは“尻だけ”だからな。訂正したい。
◇
まずは王都の冒険者ギルドへ向かう。
立派な三階建ての建物で、リーベルの支部とは比べものにならない。
扉を開けた瞬間、ざわめきが伝わってきた。
使者から受け取った紹介状をカウンターに出すと、受付嬢が目を丸くする。
「こ、国王陛下の招待状……!?」
「間違いなく本物だ」
受付係長らしき男が書状を読み取り、慌てて部下に命じた。
「至急、王城へ伝令を!」
その様子を見てリオナが小声で笑う。
「なんか一気に雰囲気変わったね」
「俺、ただのF級剣士なんだけどな……」
その時、近くの職員がひそひそと囁く声が聞こえた。
「この人……例の“全裸の勇者”じゃない?」
俺の耳が勝手に赤くなる。
リオナが肘で俺の脇腹をつついた。
「ねぇ、伝説の勇者さん?」
「言うな! ここ王都だからな!?」
エルナが焦って「そんな失礼なことを言ってはなりません!」と真面目に注意している。
……俺、誰よりも被害者だと思うんだけど。
◇
王城へ向かう馬車に乗ると、外は人で埋まっていた。
どうやら噂が先回りしていたらしい。
「勇者様だ!」
「光るって本当!?」
手を振る人々を前に、俺はなんとも言えない気分だった。
リオナは片手を振り返して笑っている。
「ほら、もうすっかり有名人じゃない」
「俺は静かに暮らしたいだけだ……」
エルナは緊張で手を組んだまま固まっている。
「人が……こんなにたくさん……」
「気楽にしてろ。俺だって心臓バクバクだ」
王城の門が開くと、整列した衛兵たちが一斉に礼を取った。
誰もが“勇者来たる”と信じて疑っていない。
……違うんだ、ほんとに違うんだ。
◇
その夜、俺たちは王城の客間に案内された。
見たこともないほど豪華な部屋。
壁には金の装飾、机の上には花が飾られている。
すぐに晩餐の席が用意されたが、そこでも混乱は続いた。
テーブルに並んだ料理は、肉、魚、スープ、見たこともない果物まで。
皿の上からいい匂いが漂うのに、誰も手をつけられない。
リオナがナイフとフォークを持ち替えながら眉をひそめる。
「これ、どっちがどっちに使うの?」
エルナは緊張したまま祈りの言葉を唱えている。
俺は俺で、皿の上のスープを眺めながらぼそっと呟いた。
「スプーンが三本ある時点でハードル高すぎる」
ぎこちない食事の時間が終わる頃には、三人ともどっと疲れていた。
食後、それぞれに個室が用意され、別々の部屋で休むことに。
俺は広すぎるベッドに寝転び、見慣れない天井を見上げていた。
「……明日、国王と会うのか」
胸の奥がざわざわする。
緊張とも不安ともつかない気持ちが消えない。
隣の部屋から、リオナの声が微かに響いた。
「シゲル、絶対に服着てなさいよー!」
思わず吹き出してしまう。
「言われなくても着るっての……」
そのすぐ後、今度はエルナの柔らかな声が聞こえた。
「お二人とも、明日はきっと良い日になります」
少しだけ肩の力が抜ける。
「……頼むから、平和な一日であってくれ」
その瞬間、頭の奥に聞き覚えのある声が響いた。
『平和ほど退屈なものはないぞ?』
「うるせぇ、神!」
高い天井に俺の声が虚しく反響した。




