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第60話 王都の喧騒と王城

 十五日間の長旅を終え、俺たちはついに王都の城門へとたどり着いた。

 遠くからでもその規模はわかっていたが、実際に目にすると圧倒される。

 城壁は高く、門の前では衛兵が何十人も立ち並び、行き交う人々の列は途切れない。


 リオナが目を丸くした。

「うわぁ……すごいわね。人が蟻みたいにいる」


 エルナは祈るように両手を組む。

「これが王国の中心……なんて立派な街なのでしょう」


 俺は肩をすくめてため息をつく。

「立派すぎて落ち着かねぇな。屋根裏の方が性に合ってる」


 門をくぐると、王都の大通りがまるで別世界のように広がっていた。

 石畳は磨かれ、道の両脇には屋台や店が並び、香辛料と焼き菓子の匂いが入り混じる。

 けれど、人々の話題はどこも同じだった。


「黒風を倒した勇者が来るらしいぞ」


「光る魔法使いだって!」


 ……いや、光ってたのは“尻だけ”だからな。訂正したい。



 まずは王都の冒険者ギルドへ向かう。

 立派な三階建ての建物で、リーベルの支部とは比べものにならない。

 扉を開けた瞬間、ざわめきが伝わってきた。

 使者から受け取った紹介状をカウンターに出すと、受付嬢が目を丸くする。

「こ、国王陛下の招待状……!?」


「間違いなく本物だ」


 受付係長らしき男が書状を読み取り、慌てて部下に命じた。

「至急、王城へ伝令を!」


 その様子を見てリオナが小声で笑う。

「なんか一気に雰囲気変わったね」


「俺、ただのF級剣士なんだけどな……」


 その時、近くの職員がひそひそと囁く声が聞こえた。

「この人……例の“全裸の勇者”じゃない?」


 俺の耳が勝手に赤くなる。

 リオナが肘で俺の脇腹をつついた。

「ねぇ、伝説の勇者さん?」


「言うな! ここ王都だからな!?」


 エルナが焦って「そんな失礼なことを言ってはなりません!」と真面目に注意している。

 ……俺、誰よりも被害者だと思うんだけど。



 王城へ向かう馬車に乗ると、外は人で埋まっていた。

 どうやら噂が先回りしていたらしい。


「勇者様だ!」


「光るって本当!?」


 手を振る人々を前に、俺はなんとも言えない気分だった。

 リオナは片手を振り返して笑っている。

「ほら、もうすっかり有名人じゃない」


「俺は静かに暮らしたいだけだ……」


 エルナは緊張で手を組んだまま固まっている。

「人が……こんなにたくさん……」


「気楽にしてろ。俺だって心臓バクバクだ」


 王城の門が開くと、整列した衛兵たちが一斉に礼を取った。

 誰もが“勇者来たる”と信じて疑っていない。

 ……違うんだ、ほんとに違うんだ。



 その夜、俺たちは王城の客間に案内された。

 見たこともないほど豪華な部屋。

 壁には金の装飾、机の上には花が飾られている。

 すぐに晩餐の席が用意されたが、そこでも混乱は続いた。


 テーブルに並んだ料理は、肉、魚、スープ、見たこともない果物まで。

 皿の上からいい匂いが漂うのに、誰も手をつけられない。

 リオナがナイフとフォークを持ち替えながら眉をひそめる。

「これ、どっちがどっちに使うの?」


 エルナは緊張したまま祈りの言葉を唱えている。

 俺は俺で、皿の上のスープを眺めながらぼそっと呟いた。

「スプーンが三本ある時点でハードル高すぎる」


 ぎこちない食事の時間が終わる頃には、三人ともどっと疲れていた。


 食後、それぞれに個室が用意され、別々の部屋で休むことに。

 俺は広すぎるベッドに寝転び、見慣れない天井を見上げていた。

「……明日、国王と会うのか」


 胸の奥がざわざわする。

 緊張とも不安ともつかない気持ちが消えない。


 隣の部屋から、リオナの声が微かに響いた。

「シゲル、絶対に服着てなさいよー!」


 思わず吹き出してしまう。

「言われなくても着るっての……」


 そのすぐ後、今度はエルナの柔らかな声が聞こえた。

「お二人とも、明日はきっと良い日になります」


 少しだけ肩の力が抜ける。

「……頼むから、平和な一日であってくれ」


 その瞬間、頭の奥に聞き覚えのある声が響いた。

『平和ほど退屈なものはないぞ?』


「うるせぇ、(ジジイ)!」


 高い天井に俺の声が虚しく反響した。

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