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第55話 迷える祈りと教団の影

 岩肌の山道を登ると、冷たい風が頬を撫でた。

 見上げれば、灰色の雲の切れ間から陽光が差し込み、斜面の上に白い尖塔が見えた。


「……なんだ、あれ」


「教会っぽいけど……こんな山奥に?」


 リオナが眩しそうに目を細める。

 エルナは胸の前で両手を合わせ、少し息を呑んだ。


「ルミエラ教団……本山です。星を祀る風の神殿があると聞いていました」


 俺は苦い顔をした。

 “ルミエラ教団”という名を聞くのは何度目だろう。

 星を飲み込む装置を暴走させ、街を吹き飛ばしかけた、あの面倒な連中。


「また厄介なのに近づくなって顔してるわよ」


「当たりだ。温泉と魚の旅のはずが、山登りに宗教って、どんな試練だよ」


 それでも三人は足を進める。

 風が笛のように鳴り、どこか懐かしい祈りの声が聞こえてきた。



 本山の門前には、数十人の信者が集まり、白布の旗を掲げて祈っていた。

 その中心に立つのは、初老の神官。

 灰色のローブをまとい、両手を天に伸ばしている。


「風よ、我らに語れ! 神の声を取り戻すのだ!」


 信者たちは一斉に両手を掲げたが、その瞳には不安の色が浮かんでいた。

 俺たちの姿に気づくと、若い信者の一人が駆け寄ってきた。


「旅の方々ですか? ……神はもうすぐお戻りになります!」


「いや、神が来るとは思えないんだが」


 リオナが眉をひそめ、俺は肩をすくめる。


 エルナは穏やかに問う。

「神官さまは……まだあの事件のことを?」


 信者は悲しげに頷く。

「試練だと。神は我らを見捨てていないと……」


 リオナが小さくため息をついた。

「試練って便利な言葉よね。だいたいロクな結果にならない」


「確かにな」



 神殿の内部は、風の通り道のように広く、吹き抜けの天井から光が降り注いでいた。

 中央の祭壇には青い風鈴が並び、その奥で神官が一人、祈りの言葉を唱えていた。


「風よ……神の声を、もう一度……!」


 空気が震えた。

 風鈴が一斉に鳴り、光が揺らめく。

 エルナが表情を強張らせた。


「まずいです、残響を呼び起こそうとしてる……!」


「また風かよ!」


 俺は即座にリオナとエルナを庇い、上着を脱ぎ捨てる。

 ズボンも放り投げ、靴を蹴り飛ばす。

 風と共に魔力が体に満ちる。


〈スキル モザイク〉

 顔と股間がモザイクで覆われる。股間のモザイクは細かい。


「ちょ、ちょっと待って!? ここ、聖堂よ!?」


「神前で一番神聖な姿ってことにしとけ!」


 俺が魔力を解放したその瞬間――

 エルナが目を見開いた。


「し、シゲルさん……!? な、なぜ脱――きゃあぁぁぁ!?」


 顔を真っ赤にして数歩後ずさり、壁にぶつかった勢いでそのまま崩れ落ちた。


「エルナ!?」


「また倒れたわよ!」

 リオナが半ば呆れながら叫ぶ。


「聖堂で気絶って、ある意味神聖じゃねぇか……」


「ふざけてないで集中して!」


 俺は掌を床に押し当てる。

静流陣(サイレントフロー)


 魔法が展開し、祭壇を包む風の流れが静まり始めた。


 しかし神官は叫ぶ。

「神は我らに罰を与えてなどいない! これこそ祝福だ!」


 風が逆巻き、青い風鈴が弾けた。


 リオナが剣を抜き、一閃。

「いい加減にしなさいよ!」


 柱に絡みついていた風の結界が裂ける。

 靄が悲鳴のように舞い上がり、そして静寂が戻った。



 気を失っていたエルナが、ゆっくりと目を開けた。

「う……あれ? 私、また……?」


「うん、見事に落ちた」


「し、仕方ないじゃないですか……いきなり脱ぐから!」


「いや、あれは戦闘用の正装で……」


「正装なもんか!」

 リオナのツッコミが炸裂。


 神官はその場に膝をつき、深く頭を垂れた。

「私は……救いを求めるふりをして、逃げていただけだったのか……」


 俺は上着を拾いながら肩を回す。

「逃げてもいいさ。ただ、人を巻き込むのは勘弁な」


 リオナが呆れ顔で腕を組む。

「言ってることは立派なのに、格好が台無し」


「聞き流してくれ」


 エルナは神官のそばに膝をつき、微笑んだ。

「風はあなたを赦しました。これからは、人を癒やす風にしてください」


 神官は静かに頷いた。

 外では柔らかな風が吹き、白い旗が穏やかに揺れていた。



 三人で腰を下ろし休憩中、リオナが笑いをこらえながら言った。

「ねぇ、あんたさ。黒風を止めて、教団も止めて……もう“脱衣の神”って呼ばれてもおかしくないわよ」


「やめろ。そんな信仰広まったら世も末だ」


 エルナは困り顔で笑った。

「でも、確かに皆さん救われてますね……」


「褒め言葉のつもりか?」


「ええ、もちろん」


 俺はため息をつきながら、遠くに広がる星空を見上げた。

「……風の旅も、ようやく終わりが見えてきたな」

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