第53話 星を飲む装置
旅の道中、風の止んだ谷を抜けて数日。
俺たちは、広い平原の真ん中にぽつんとある小さな村――レムナにたどり着いた。
周囲を囲む草原は静まり返り、風車だけが寂しげに軋んでいる。
「……風、止まってるわね」
リオナが髪を押さえながらつぶやいた。
「本当だ……この辺り、ずっと風が吹いてたのに」
エルナが首を傾げる。
俺は風車を見上げて、軽く眉をしかめた。
「嫌な予感しかしないな。こういう静けさは大抵、何かが起きる前触れだ」
そして――村の中央に見えたそれは、まさに前触れの本体だった。
銀と黒の金属片を継ぎ接ぎに組み合わせた巨大な塔。
木の梁で無理やり支えられたその姿は、どこから見ても不安定で、上には風車の羽根らしきものが斜めに突き出ている。
塔の根元には奇妙な紋章が刻まれ、壺を抱えた人々が何やら祈っていた。
俺は思わず口を開いた。
「なあ、リオナ。あれ、倒れてこないと思うか?」
「九割方、倒れると思う」
「俺もそう思う」
村の住人たちは家の影に身を隠し、不安そうに様子を伺っている。
一人の老人が近づいてきて、震える声で言った。
「ルミエラ教団が、“星を飲む装置”を作っておるんです……神の風を星へ返す儀式だとか」
その言葉に、リオナの顔が一瞬で険しくなる。
「教団? あの“黒風を神の御業”とか言ってた変な連中でしょ?」
「そう。懲りてねぇな」
俺は塔を眺めながらため息をついた。
魔力の流れが目に見えるほど乱れている。
エルナも不安げに呟いた。
「これ……魔力と風の流れを同時に封じ込めようとしてます。制御できる構造じゃありません……」
「つまるところ、爆発物ってことだな」
◇
その夜、村の中央に鐘が鳴り響いた。
俺たちは物陰から儀式の様子を見守っていた。
塔の周囲に集まった信徒たちは、ロウソクを手にして円陣を組み、
壺を掲げる神官が声高に叫ぶ。
「ルミエラの風よ、星を包み給え! 闇を裂き、光を飲み込め!」
銀の塔が不気味に輝き出す。
塔の先端が空へと伸び、光の柱が星空を貫いた。
星々が一つ、また一つと、淡く吸い込まれていく。
「なっ……減ってる!?」
リオナが半ば叫ぶように言った。
エルナは魔力を感じ取り、青ざめた顔で俺を見た。
「風と魔力の均衡が崩壊してます! このままじゃ――」
「言わなくても分かった」
俺は上着を脱ぎ捨て、ズボンも蹴り飛ばす。
「やっぱり今日もこのパターンかよ……!」
〈スキル モザイク〉
顔と股間がモザイクに覆われる。股間のモザイクは細かい。
「シゲル、脱ぐ前に止める努力しなさいよ!」
「努力して止まる儀式じゃねぇだろこれ!」
風が凪ぎ、世界が一瞬、静まり返った。
◇
教団の信徒たちがこちらに気づき、怒声を上げながら突進してきた。
「神の風を妨げる者め!」
「今こそ神の加護を受けるのだ!」
「うるせぇ! 今こっちの加護を与えてやるよ!」
俺は両腕を振り上げた。
〈爆風〉
空気が唸り、地面が波打つように震えた。
轟音とともに烈風が爆発的に吹き荒れ、
信徒たちは見事な放物線を描いて宙を舞う。
「ぎゃあああ! 神の風ぉぉぉ!」
「ありがたやぁぁぁっ!?」
「教祖さまぁぁぁ、どこ行くんですかぁ!?」
次々と空へ飛んでいく白い衣の群れ。
まるで満天の星空に新しい星座が生まれたみたいだった。
「おい、ちょっと飛びすぎじゃね?」
「いや、干し草の山に落ちるから平気でしょ」
リオナがあっさりと言い切る。
……たぶん、俺の感覚の方がずれてるようだ。
暴走する塔の光がさらに強まり、エルナが息を呑む。
「このままじゃ、魔力が村全体を巻き込みます!」
「ったく、手間がかかる!」
〈爆風〉
俺は魔法を再度発動し、塔の上昇気流を打ち消す。
風が逆流し、塔がきしみを上げた。
「リオナ、今だ!」
「了解!」
リオナが地を蹴り、剣を振り下ろす。
鋼の刃が風を裂き、塔の根元を真っ二つにした。
金属片が舞い上がり、銀の光が空に散る。
やがて塔は崩れ落ち、光がふっと消えた。
夜空には、吸い込まれた星たちがひとつずつ戻っていく。
◇
夜が明けると、村の風車が再び回り始め朝の風が頬を撫でた。
遠くで「失敗だぁぁっ!」という悲鳴が響く。
後で確認したら、全員が干し草の上に着地して無事だった。
……奇跡的に、だが。
「ふぅ……なんとか終わりましたね」
エルナが胸を撫で下ろす。
リオナは苦笑して肩をすくめた。
「で、また脱ぐの早すぎ。もう恒例行事ね」
「条件反射なんだよ。危険な空気を感じると脱ぐって身体が覚えてんだ」
「そんな反射いらないわよ!」
エルナが顔を真っ赤にして口を開きかけ、「シ、シゲルさんっ……!」と叫んだ瞬間――
お約束のように、目を回して気絶した。
「エルナ、気絶の早さも条件反射だな……」
「良いコンビじゃない」
「いや、悪いオチだろ」
風が優しく吹き抜け、村の上空を渡っていく。
壊れた塔の残骸の隙間から、淡い光が立ち昇っていた。
まるで、あの“星を飲む装置”が、ほんの少しだけ世界の風をきれいにしたようにも思えた。
俺は空を見上げて、ぽつりと呟く。
「……星も呆れてるかもな」
「そりゃそうでしょ。全裸で暴風起こしてる人間がいたらね」
リオナのツッコミに、俺は苦笑で返した。
風車の回転が軽やかになり、
夜明けの空には、また新しい一日が始まろうとしていた。




