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第51話 風の果て、うたかたの都

 空気がやわらかくなった。

 春の終わり、旅の風は初夏の匂いを運んでくる。


 リオナが大きく伸びをして、空を仰いだ。

「ふぁ〜……温泉より風呂が恋しくなってきたわね」


「どっちも湯だろ」


「でも旅先の風呂って、やっぱり贅沢なのよ」


 その隣で、エルナが頬に触れた風を感じながら言った。

「この風、なんだか優しいですね。まるで誰かが見守っているみたい」


「見守ってるかは知らんが、吹きすぎなきゃ助かる」


 丘の向こうに、俺は白い石造りの遺跡群を見つけた。

砂に半ば埋もれた巨大な風車が、陽光を反射して輝いている。


「――あれが“風の都アルフェリア”。黒風が初めて封じられた場所だって話だ」


 リオナが眉を上げる。

「そんな所、普通の観光地みたいに言う?」


「温泉の次は遺跡見物だ。悪くないだろ」



 到着した風の都は、静まり返っていた。

 石畳の道の両脇に、倒れた風車と崩れかけた塔。

 それでも、青空に向かって立ち並ぶ姿はどこか神聖だった。


 広場では学者や吟遊詩人が資料を広げていた。

 旅の記録者らしい男が俺たちに話しかける。

「長いこと、ここには風が吹かなかったんですよ」


 黒風を封じた時、同時に“風そのもの”も止まったらしい。


 リオナが腰に手を当てる。

「風の都って名前が泣くわね」


 その横で、エルナが小さく呟いた。

「でも……この場所、生きています。静かに息をしてるみたい」


 俺は目を細めた。

「……ああ、確かに。世界が寝息を立ててる感じだ」


 そのときだった。

 風車の根元から淡い光の粒がふわりと舞い上がる。

 銀と青が混ざった靄――黒風の残響だ。

 人々がざわめき、風がゆっくりと流れを変える。


 暴れるでもなく、ただ歌うように。

 古い風車がギィ……と音を立てて回り始めた。


「こりゃまた派手な目覚めね」

 リオナが風に髪をなびかせる。


「いや、これは暴走じゃない」


 俺は胸の奥に微かに伝わる鼓動を感じながら言った。

「……“再生”だ」


 エルナは両手を組んで祈るように目を閉じる。

「神聖な風……世界が癒されていく……」


 しかし、風はだんだん強くなり始めた。

 砂が巻き上がり、研究者たちの紙束が飛んでいく。


「やば、暴走の前兆だ」

 俺は思わず腰のベルトに手をかける。


「待って、あんたまさか――」


「非常事態だ、通報は後で頼む!」


 上着を脱ぎ、ズボンを蹴り飛ばし、俺は全裸になった。

 身体を風が包む。魔力が奔流のように流れ込む。


〈スキル モザイク〉

 顔と股間をモザイクが覆う。股間のモザイクは細かい。


 俺は地に手をつき、魔力を制御する。


 流れを鎮め、調和を導く。

静流陣(サイレントフロー)


 周囲の風が一瞬止み、やがて穏やかに風が流れ出す。

 銀青の靄が風車を包み、まるで世界そのものが息を吹き返すようだ。


 背後で、またいつもの悲鳴。


「ひゃあああっ!? し、シゲルさん、また全裸で……!」

 エルナは顔を真っ赤にして、案の定そのまま気絶した。


「毎回律儀だな……」


「裸の風神、爆誕ね」

 リオナが肩をすくめる。


「誰が神だ!」



 風の都アルフェリアは、再び息を吹き返した。

 止まっていた風車がすべて回り出し、光が街を満たしていく。

 研究者たちは歓声を上げ、子供たちは笑いながら走り回った。

 空には薄い虹がかかっている。


 俺は服を拾いながら、静かに笑った。

「……これで、また一つ世界が動いたな」


「ええ。でもあんたのせいで伝説が増えたわよ」


「“裸の風神”か、“全裸の加護者”か……いや、どっちも嫌だ」


 リオナは呆れながらも、どこか誇らしげに笑っていた。

 エルナは気絶したまま小さく寝息を立てている。


 俺は風の中でつぶやく。

「次は……星海の大地、だったな」


 穏やかな風が頬をなでた。

 まるで、“行け”と言っているかのように。

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