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第49話 風を集める者たち

 風が止んでいた。

 丘の向こうから続く街道を歩く俺たちの頬を、撫でる風がない。

 空は澄んでいるのに、旗は垂れ、木の葉すら動かない。


「……風が眠ってるみたいね」

 リオナが小さく呟いた。


 その横でエルナは目を閉じて、指先を胸の前で組む。

「本当に……空気が息をしていません。何か、世界が黙っているような」


「おいおい、そんな詩的なこと言うなよ。怖くなるだろ」


 俺は苦笑しつつも、確かに妙な気配を感じていた。

 このあたりは“風の村アルメリア”と呼ばれていて、風鈴や風車が特産品だと聞いていたのに、どれも止まっている。


「この静けさ、ただの天気のせいじゃないな」

 リオナが剣の柄に手を添えた。


 俺たちは村の中央へ向かう。

 家々の扉は半開きで、人々は顔を出しては、落ち着かない様子で空を見上げていた。


 広場では、白布をまとった一団が壺を囲んでいた。


「風よ、神の息吹となれ! この壺に宿り、永遠の加護を授けたまえ!」


 ご丁寧に大声で祈りを上げている。

 周囲には小さな竜巻のような気流が巻き、砂埃が舞っていた。


「なにあれ……壺に風を詰めてる?」

 リオナが眉をひそめる。


「いや、詰めてるっていうか、吸ってる? ……なんだあれ」


 俺が首を傾げていると、近くの村人がため息混じりに話しかけてきた。

「旅のお方、あれはルミエラ教団と名乗る人たちでして。風を神の加護だと言って、うちの村の風を“集めて”るんですよ」


「風を……集めてる?」


「ええ。そのせいで洗濯も乾かないし、風車も止まったまま。もう商売にならんですよ」


 リオナが呆れ顔で腕を組む。

「宗教ってすごい発想するわね。風を密閉保存って」


「……いや、冷静に聞くともうホラーだな」

 俺は壺を見つめた。中の渦が不穏にうごめいている。


 すると、教団の一人がこちらに気づいて叫んだ。

「そなたっ! その瞳……神の光を宿しておる!」


 俺を指差した。

 リオナが即座に一歩前に出て、剣の柄に手を添える。

「はい、出た。こういう展開」


「おお、あなた様! 神の加護を受けしお方!」

 女の神官が駆け寄り、俺に頭を下げた。


「どうか、この風の加護の儀にお力添えを!」


「いやいやいや、俺そんな暇じゃ――」


「リオナさん……これ、止めても無理なタイプですよね?」


「うん、わかる。もうスルーでいいわ」


 教団員たちは俺の周りを囲んで勝手に祈りを始めた。

 その中で一番若い神官補の女性が、真剣な眼差しで俺を見上げる。

「あなた様こそ、神の意志の体現者……!」


「服、着てるけど?」


「脱がせようとすんな!」

 リオナがすかさず突っ込む。


 儀式が始まった。

 壺の中から低い唸り声のような風が響き、渦が逆回転を始めた。


「これは……逆流してる!?」

 神官たちが悲鳴を上げ、壺の縁から突風が吹き出した。


 村人たちの帽子が飛び、屋台の品が舞う。

 子どもが泣き出し、誰かの声が風にかき消された。


「危ない、下がれ!」

 俺は一歩前に出て、すぐ服を脱ぎ捨てた。

 風と共に身体に魔力が集まる。


「脱ぐの!? 今!?」


「もう、こういう時は脱ぐしかない!」


〈スキル モザイク〉

 顔と股間をモザイクが覆う。股間のモザイクは細かい。

 体に巡る魔力が巨大になり、空気が唸りを上げる。


「流れよ鎮まれ――」と言いかけた瞬間、

 横から何かが飛び込んできた。

 リオナだ。


「はいっ!」

 彼女は壺のフタを掴んで、勢いよく――バタンッ!


 突風がピタリと止んだ。

 音も砂も止み、残ったのは静かな風鈴の音だけ。


 俺は構えたまま、固まっていた。

「……終わった?」


「終わったわよ」

 リオナがフタを押さえながら、あっけらかんと言う。

「フタ閉めたら止まったわ」


「マジか……俺の魔法、間に合わなかった……」


 その瞬間、後ろから声がした。

「ま、また全裸ですかぁぁ!?」


 振り向くとエルナが顔を真っ赤にして気絶する瞬間だった。

「ちょ、ちょっと!?」


 リオナがため息をつく。

「全裸で出番なしとか、あんたどんな運命なの」


「……今日ほど脱いだのを後悔した日はない」


 教団員たちは静まり返り、しばらくして壺を抱えた。


「これも……神の試練なのだ……」

 そう呟きながら、全員で一礼して撤退していった。


 しばらくすると、穏やかな風が戻った。

 止まっていた風鈴が音を立て、子供たちの髪が揺れる。

 風車がゆっくりと回転し、村人たちは歓声を上げた。


 エルナが目を覚まし、まだ顔を赤くしながら言った。

「でも……あの人たち、本気で信じてたんですね」


 リオナは剣の柄に手を置き、肩をすくめた。

「信じるってのは、面倒くさいけど、悪いもんじゃないのよ」


 俺は少し離れて空を見上げた。

 雲の隙間を抜けて、ひと筋の風が吹いた。


「……風ってのは、閉じ込めるもんじゃないんだよな」


「それにしても」

 リオナが言う。


「全裸で出番なしって、記念日ね」


「その話はやめてくれ……」


 俺のモザイクがようやく消え、静かな笑い声が村に広がった。

 風はまた、人々の頬を撫でながら、旅の空へと流れていった。

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