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第48話 風の残響と歩む者たち

 春の終わりを告げる風が丘を渡っていた。

 空は高く、澄みきっている。木々の若葉が揺れ、道端の花がゆっくりと風に首を振った。


 リオナが鼻歌まじりに歩きながら言う。

「今回は、まだ脱いでないわね」


「フラグ立てんな」


「でも、また温泉に行けたらいいですね」

 エルナは笑いながら言う。


「……温泉なら堂々と脱げるしな」


「そういう意味じゃないっての!」


 笑い声が風に溶け、穏やかな旅路が続いた。



 数日が経ち、俺たちは広い谷に面した宿場町へとたどり着いた。

 道の両側に木造の建物が並び、人々は活気にあふれている。

 露店の呼び声、荷馬車の音、焼きたてのパンの匂い――。

 久しぶりに文明に触れた気がして、俺はほっと息を吐いた。


「やっぱり街の空気はいいな」


「腹の虫も元気に鳴いてるわね」


「リオナ、それ俺の腹な」


 リオナが笑い、エルナがくすくすと微笑む。


 町の広場に入ると、そこには奇妙な光景が広がっていた。

 風鈴のような音が響き、空気の中に銀色の粒子が漂っている。

 人々が立ち止まり、手を伸ばす。だが、誰も恐れてはいなかった。

 むしろ――心を鎮めるような、穏やかな光景。


「……これ、黒風の残響?」

 エルナがそっと手を伸ばし、光の粒を掌に受けた。

 淡く青白い光が指の間で揺れ、消える。


「感じます。これは――癒しの力です」


 黒風とは違う。

 この風は怒りも憎しみもなく、ただ静かに流れている。

 まるで、何かを“修復”しているように。


「世界が……自分で傷を癒してるのかもな」


「世界が?」

 リオナが首を傾げる。


「ああ。黒風が壊したものを、風が治してるんだ。……人の心も、かもな」

 俺が言うと、エルナが優しく頷いた。



 その夜、宿場町は祭りのような賑わいを見せていた。

 風鈴の音が鳴り響き、灯籠が夜空を彩る。

 宿の主人は「風の祝福の日だ」と笑って酒を振る舞ってくれた。


「うまっ!」

 リオナがジョッキを掲げる。


「シゲルも飲みなさいよ!」


「俺は水でいい。いつ何があるか分からん」


 エルナもジョッキを掲げている。

「す、すみません、なんかこう……楽しそうで」


「たまには羽目外してもいいよ」

 リオナが笑いながら、彼女の肩を軽く叩いた。


 夜風が心地いい。

 その風の中に、かすかに光の粒が混じっていた。

 ふと、遠くの空に淡い光の帯――流星のようなものが見えた。


「なんだ、あれ」


「風が……光ってる?」

 エルナが呟く。


 その光はやがて地平の向こうへ消え、風鈴のような音だけを残した。



 翌朝、広場に立つと、風の残響はもう消えていた。

 だが町の空気はどこか柔らかく、人々の顔も明るかった。

 宿の主人が言う。

「昨夜の風を“光の風”と呼ぶんですよ。心が癒える、不思議な風だって昔から言われててね」


「癒える……か」

 俺は空を見上げた。

 確かに、空の青さが昨日より少し澄んで見えた。



 その日、町を出る前にもう一度広場を通ると、

 子どもたちが風車を手に走り回っていた。


「見て! また風が来た!」


 ひゅう、と音が鳴り、風車が回る。

 銀と青の粒子がきらめき、まるで空の中で笑っているようだった。


「……黒風の残響は、きっとこの世界の“息”なんだ」


「息?」

 リオナが聞き返す。


「生きてるってことだよ。世界そのものが呼吸してる」


 エルナが微笑む。

「優しい呼吸ですね。……神の祝福に似ています」


「神が関わってるなら、もう少し穏やかにしてほしいけどな」

 俺がぼやくと、リオナが吹き出した。



 丘を越える風は今日も心地よい。

 この世界がまだ息づいている――その確かな証を感じながら、俺たちは再び歩き出した。

 次に待つのは、どんな出会いだろうか。


 背後で風鈴の音が鳴る。

 それはまるで、旅人たちへの“ありがとう”のように響いていた。

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