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第46話 宿場町と転がる酒樽

 旅を始めて十日あまり。

 道の先に、赤い屋根が並ぶ宿場町が見えてきた。


 頬に当たる風がやけに心地いい。

 あの黒風を封じてからというもの、風は途切れることなく吹き続けている。

 強すぎず、弱すぎず――まるで、この世界がゆっくりと呼吸しているようだった。


 リオナが金髪を押さえながら笑う。

「ねぇ、この風。なんか優しくなった気がしない?」


「気のせいじゃない。空気そのものが変わったんだ」


「世界の空気が変わるって、どういう理屈よ」


「さあな。神が換気でもしたんだろ」


 リオナが吹き出す。


「風の加護です。神様が息を吹き返したんですよ」

 エルナは真面目に言う。


「息を吹き返して酒を吹かせたら笑えねぇな」


「え、酒を吹かせるって何の話ですか?」


「いや、なんとなく予感がしてな」



 宿場町は、年に一度の〈風祭り〉の最中だった。

 通りには屋台が並び、香ばしい匂いが漂う。

 木樽を転がして勝負する“風転がし大会”が名物らしい。

 広場の中央には、風力を利用した奇妙な装置が組まれ、

 町の男たちが大声で「酒神に捧ぐ!」と樽を押している。


「風を使って樽を転がすなんて、平和ね」

 リオナが感心したように腕を組む。


 その隣でエルナが神妙な顔をして呟いた。

「この風……少し魔力を含んでます」


「まさか、また黒風の残響レゾナンスか?」

 俺が眉をひそめた瞬間、広場を突風が駆け抜けた。


 次の瞬間、積まれていた酒樽が勢いよく転がり出す。

 坂を下り、屋台をなぎ倒し、悲鳴が広がる。


「うわああっ!」


「逃げろーっ!」


 混乱の中、エルナが叫ぶ。

「やっぱり魔力の風です! 残響が反応してる!」


 リオナが剣を構える。

「こりゃ、あんたの出番ね!」


「……結局そうなるのかよ」



 俺は通りの脇に走り、木陰に身を潜める。

 風が頬を叩く。祭りの喧騒が遠のく。

 深く息を吸い込み、決意する。


 服を脱ぎ捨て、魔力を解放。全裸の魔法使いが誕生した。


〈スキル モザイク〉

 顔と股間にモザイクが掛かる。股間のモザイクは細かめだ。 


「くそ、また人前で……!」


「シゲル、もう開き直りなさい!」

 リオナが叫ぶ声。


 そして、定番の絶叫が響いた。

「ひゃぁぁぁっ!? シ、シゲルさんまた脱いでますぅぅ!!」

 エルナはそのまま気絶。


「よし、通常運転だな」

 俺は地面に手をつく。


静流陣(サイレントフロー)

 陣が淡く輝き、風の流れが視える。

 風の筋が一本、坂の上へ――暴走の中心を指し示していた。


「暴れてるのは、あの樽か」


 坂の上から十数個の酒樽が転がり落ちてくる。

 人々が悲鳴を上げ、逃げ惑う。


「来るぞっ!」

 俺は両手を前に突き出した。


水壁(ウォーターウォール)

 地面から水の壁が立ち上がり、酒樽の群れを真正面から受け止める。

 轟音。水しぶきが飛び散り、太陽の光を受けて虹がかかった。

 風が通り抜け、冷たい霧が頬を撫でる。


 ――すべてが止まった。



 気づけば広場は静寂に包まれていた。

 倒れた屋台の隙間から、町の人々が顔を出す。


「す、すごい……!」


「風の勇者様だ!」


「いや、光る全裸の人だ!」


「ありがたや〜!」


 リオナが額を押さえた。

「もう“全裸の勇者”で定着してるわね」


「光る部分、尻しかねぇのに……」


 エルナが意識を取り戻し、きょとんとした顔で辺りを見る。

「……あれ? 今の、夢ですか?」


「夢なら俺が一番うれしい」



 日が落ちて宿場町の風はすっかり穏やかになり、

 宴の歌声があちこちから聞こえた。


 窓の外で提灯が揺れる。

 風は途切れず、静かに街を撫でていく。

 あの暴風の名残すら、もう感じられなかった。


「この風……悪意が消えてますね」

 エルナが笑う。


「そうかもな。世界の呼吸ワールドブレスってやつだ」

 俺はグラスを傾ける。


「息が荒いのも少し落ち着いたな」


「シゲル、それ人の話みたいに言うなよ」

 リオナが呆れ顔で突っ込む。


 俺は笑いながら窓の外を見た。

 風はまだ吹いている。

 けれどもう、誰かを傷つける風じゃない。


 ――世界が笑っている。

 そんな気がした。

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