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第40話 風の残響と光る谷

 朝の光が丘の端を照らしていた。焚き火の跡から、かすかに煙が上がっている。

 俺は全裸でしゃがみ込み、肉を串に刺して焼いていた。


「よし、火加減は完璧だな」


 指先から小さな〈火球(ファイアボール)〉を出して、炎の温度を微調整する。

 やっぱり服を着てると上手くいかない。

 魔力を使用できないんだ。


「……あんた、また脱いでるのね」


 振り返ると、寝ぼけ眼のリオナが腕を組んで立っていた。

 朝日を背負ってるせいか、余計に呆れ顔が際立つ。


「いや、服着てると焼き加減が狂うんだよ。繊細な作業なんだぞ」


「そんな繊細いらないわよ!」


 リオナの声に続いて、後ろから小さな悲鳴が聞こえた。

 エルナが目を開けたのだ。


「きゃぁぁぁ!? な、なぜ脱いでるんですかぁ!?」

 言った直後、定番のようにその場で倒れた。


「朝のルーティンだ」


「そんな日課いりません!」


 リオナが額を押さえてため息をつき、エルナは顔を真っ赤にして気絶している。

 ……いつもの光景だな。

 旅ってのは、慣れるほどに楽しくなる。



 丘を越えて西へ歩くと、昼前には小さな村――グレン谷が見えてきた。

 不思議な場所だった。

 谷全体が、青白い光をまとっている。

 空気の粒が淡く光ってるように見えた。


「わぁ……幻想的ですね」

 目を輝かせるエルナ。


「けど、ちょっと眩しすぎない?」

 リオナが囁やく。


 俺は頷きながら、光の揺らめく方向を見た。


 村人に話を聞くと、夜になるともっと光が強くなるらしい。

 最近は眠れないほど眩しくて困ってるそうだ。

 村の広場には古い石碑があり、『風の記憶を忘れるな』と刻まれていた。


「……魔力の流れを感じるな。世界の“呼吸”みたいなもんか」


「鑑定すれば分かるでしょ?」

 リオナが軽く言う。


「いや、服着てると無理だ」


「もうその言い訳、何度聞いたことか……」


 俺が肩を竦めると、リオナが笑い、エルナは手を合わせて祈っていた。

 風が頬を撫で、どこか懐かしい音を運んでくる。

 けど、その風の奥に微かな“違和感”があった。



 夜になると谷が淡く輝き始めた。

 最初は穏やかだった光が、やがて風を巻き起こす。

 草がうねり、空気が震えた。

 嫌な予感がした。


「これ……ただの自然現象じゃありません!」

 エルナが目を見開く。


「黒風の残りか?」


「違います。もっと……優しい。でも、悲しいです」


 確かに、魔力の流れは怒りでも怨念でもない。

 泣いているような、そんな響きだった。

 風と光が一瞬、人の形を描く――

 だけど、それは攻撃してこない。ただ静かに消えていった。


「……あれは、世界が癒えようとしてるんだな」

 俺が呟くと、リオナが不安そうに辺りを見回した。

「でも、この風……建物がもたないわ!」


 風が渦を巻き、屋根が軋んだ。畑の土が舞い上がる。

 光が暴れ始めていた。


「祈りでも、これじゃ災害だな。やるか」


 俺は服を脱ぎ捨て、地面を踏みしめた。

 魔力が一気に身体に満ちる。

 空気がざわめき、風が俺を中心に旋回した。


〈スキル モザイク〉

 顔と股間がモザイクで覆われた。股間のモザイクは細かい。


 周囲が息を呑む気配がした。

 村人が見てるのは分かってる。

 けど、今は関係ない。


「風よ、迷うな。光よ、乱れるな。――すべての流れを、一つに返せ」


聖風浄陣(ピュリファイウィンド)


 足元から光の陣が広がる。

 柔らかな風が渦を描き、暴走していた光を包み込んだ。

 屋根の瓦が揺れを止め、木々が静まり返る。

 谷を包む青白い輝きが、やがて穏やかな光の粒へと変わっていった。


「……止まった、の?」

 リオナの声が震える。


「浄化完了。たぶんこれで安定した」


 俺は息を整え、ゆっくりと空を見上げた。

 雲の切れ間から夜の星が覗いている。

 風が優しく頬を撫でていった。

 まるで――「ありがとう」と言っているみたいだった。



 翌朝、谷を見下ろす丘で腰を下ろした。

 村は静かで、風の音が心地いい。

 昨日の嵐が嘘みたいに、穏やかな空気が広がっていた。


「……世界が癒えていくってのは、悪くねぇ眺めだな」

 そう呟いた俺の横で、リオナが腕を組んだ。


「でも、そのたびに脱ぐのはどうかと思う」


「選べるなら俺だって服着てたいよ」


「……説得力ゼロね」


 そこで、エルナがようやく目を覚ました。

「わたし、また……気を失って……?」


「ああ。安定の即落ちだった」


「うぅ……次こそは……!」


 俺とリオナは顔を見合わせ、同時に言った。

「無理だな」


 風が吹き抜け、三人の笑い声が混じる。

 谷の空は澄みきっていて、世界は少しだけ優しかった。


「さて……次はどこ行く?」


「温泉があるって商人が言ってたでしょ」

 リオナが立ち上がる。


「温泉か……堂々と脱げる場所って最高だな」


「開き直るな!」


「わ、わたしも温泉……入りたいです!」


 笑いながら俺たちは丘を下った。

 風が背を押す。

 その風はもう恐ろしい“黒風”なんかじゃなく、

 世界が新しく息を吹き返す音に聞こえた。

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