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第4話 ギルド登録と受付嬢

 パンの焼ける香りで目が覚めた。

 胃袋が鳴る。異世界に来ても、腹は正直らしい。


「おはようございます!」


 宿の娘エマが明るい声で笑う。

 栗色の髪をひとつに結び、白いエプロン姿がよく似合っていた。


「おはよう、エマさん」


「今日はどこか行くんですか?」


「身分証を作ろうと思って。冒険者ギルドってやつに」


「いいですね! この街では一番人が多いところですよ」


 パンとスープを食べながら、異世界初の“社会デビュー”に少し緊張する。

 身分証があれば、とりあえず「ただの不審者」からは卒業できる。



 外は爽やかな風が流れる。

 通りを歩くと、石畳の上に屋台が並び、果物や布を売る声が飛び交っていた。

 街の中心に立派な建物がそびえている。

 木製の看板には金文字で「冒険者ギルド・リーベル支部」。


「……おお、ちゃんとした造りだ」


 中に入ると、広いホールが喧騒で満ちていた。

 鎧姿の冒険者たちが依頼書を眺め、受付では職員が次々と応対している。

 ざっと見回すと、真面目そうな人もいれば、酒臭いのもいる。

 異世界にも、役所の窓口みたいな空気はあるんだなと思った。


「次の方〜」


 声に振り向くと、受付のカウンターにいたのは――

 銀髪ショートで、制服の袖がやや長い若い女性。

 目が半分閉じていて、眠そうに話していた。


「……登録ですか〜?」


「はい、一応……えっと、初めてです」


「はい〜……お名前をどうぞ〜」

 彼女は書類をめくりながら、こちらを見ずに羽ペンを走らせる。

 筆圧がやたらと弱い。


 この人……本当に仕事中か?


「名前はシゲルです」


「しげる……っと。出身は?」


「遠い田舎の村です」


「ふ〜ん。職業は?」


 少し迷って、俺は彼女に「剣士(仮)」と云った。


「“剣士(仮)”……仮、ですか?」


「まぁ、いろいろありまして」


「ふむふむ……まぁいっか」


 なんだろう、この人の“ゆるさ”。

 隣のカウンターでは、別の職員が冒険者に書類の不備を叱っているのに、

 この人だけ、まるで別の空気に生きている。


「はい〜、じゃあ最後に魔力量を測りますね〜」


 セリナと名乗った彼女が、机の下から透明な水晶を取り出した。

 丸くて手のひらほどの大きさ。


 あ、これは……。


 門の前での嫌な記憶がフラッシュバックする。

 真っ赤に光る石、鳴り響く警報、慌てふためく衛兵たち。

 あの再来だけは勘弁してほしい。


「手をかざしてくださ〜い」


「は、はい」


 恐る恐る手を乗せた瞬間、水晶の内部がきらりと光った。

 光は一瞬で赤く染まり――


 ギルド中がざわめいた。


「おい、見ろよ! 赤だぞ!」


「赤って……上位魔術師級じゃねぇか!?」


「新人だよな!?」


 俺はあわてて手を引っ込める。


「ちょ、ちょっと待って!? 俺、何もしてないから!」


 セリナはのんびり首をかしげた。


「ん〜……ああ、これ、昨日掃除してないんですよねぇ」


「掃除!?」


「埃がたまると、たま〜に誤作動するんですよ〜。この水晶、繊細なんで」


「そ、そうなんですか!?」


「ええ〜。でも大丈夫、爆発はしませんよ〜。……たぶん」


 たぶん、って言ったな今。


 周囲が息を呑む中、セリナは淡々と記録用紙にメモを書いた。


「よし、登録完了〜。おめでとうございます、F級剣士(仮)さん」


「いや、いまの明らかに異常だったでしょ!?」


「だいじょ〜ぶです。最初はみんな光りますから〜」


「赤く!?」


「ええ。個性ってやつです〜」


 適当すぎて、逆に信じたくなる。

 まるでこの世界の「常識」を塗り替える力でもあるのか、この人。


 登録を終え、ギルドカードを受け取った。

 手のひらに乗る金属製の板には、こう刻まれていた。

 【F級剣士(仮) 登録番号000712】


「“仮”が、残ってる……」


 俺がつぶやくと、セリナが微笑んだ。


「はい〜、仮が取れると昇級です〜。がんばってくださいね〜」


「なにかが違う気がする……」


 ギルドを出る直前、背後で彼女の声が聞こえた。


「次の方〜! 爆発しても慌てずに〜!」


 この街の人々は、だいぶ肝が据わってるらしい。



 白風亭の部屋でベッドに横になると、また声が響いた。


『また光らせおったな、シゲルよ』


「お前が原因だろうが!」


『おぬし、ほんに派手好きじゃ』


「好きでやってねぇ!」


『ふぉっふぉっ。まぁ、登録できたなら上出来じゃ。あの娘、面白いのう』


「セリナのことか? ……たしかに、異世界一マイペースだ」


『安心というのは、案外そういう緩さの中にあるものじゃぞ』


「説教臭いぞ(ジジイ)


『神じゃからのう』


 いつもの調子で笑う声が消え、静けさが戻る。

 窓の外では、街の灯りが点々と瞬いていた。


「……俺も、少しずつ慣れてきたかもな」


 そう呟いて目を閉じると、

 眠りの向こうで、あの水晶の赤い光がぼんやりと浮かんだ。

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