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第37話 黒風、還る刻

 南区の空が黒く裂けた。


 風が逆巻き、空気そのものが唸り声を上げている。

 瓦が砕け、壁が軋み、人々の悲鳴が遠くまで響いていた。

 その中心で黒い人影がゆらりと立っている。

 あの“闇の勇者”――黒風人型だ。


 俺は屋根裏の窓からそれを見上げ、息をのんだ。

 あれはもう“風”じゃない。完全に意思を持った“災厄”だ。


「……終わらせる。今日で、あいつも、俺も」


 靴を履き、腰の短剣を確かめ、ドアを蹴るように開けた。

 風が逆流し埃が舞う。

 春の陽気はもうどこにもない。街の空は、夜よりも黒かった。



 ギルドの前は混乱の渦だった。

 セリナが避難指示を叫び、マリアが地図を広げて指示を飛ばす。

 リオナは剣を抜き、エルナは治療魔法で負傷者を支援していた。


「シゲル!」

 リオナが俺に気づいた。


「遅い! 街が吹っ飛ぶとこだったのよ!」


「悪い。着替えてた」


「そんな場合じゃないでしょ!」


 俺は苦笑し、空を見上げた。

 黒い渦がさらに広がり、風が悲鳴のように唸る。

 黒風人型がゆっくりと両腕を広げた。


「光の勇者……お前の存在こそ、世界の歪み」


「お前に言われたくねぇな。闇の残りカスが」


 俺は一歩前に出た。

 リオナが慌てて止めようとしたが、振り返って笑った。


「ここでケリをつける。服、預かっとけ」


「ちょっ――!」


 上着を脱ぎ捨て、ズボンを蹴り飛ばし、全裸になる。

 空気が震え、地面がひび割れた。

 身体の奥から溢れる魔力が、熱のように立ち上がる。


〈スキル モザイク〉

 顔と股間をモザイクが覆う。やはり股間のモザイクは細かい。

 顔は荒く、股間は細かいモザイクが俺のプライバシーを守る。


 周囲から「光の勇者だ!」という歓声が上がった。


 リオナは叫ぶ。

「違う! あれは全裸の変態よ!」


 ……ひどい言われようだ。


 エルナが真っ赤になり、目を覆った。


「ま、また脱いでる!? クマぁぁぁ!?」

 そしてお約束のように気絶した。


 黒風人型はその様子を見て笑った。

 次の瞬間、自らの衣を脱ぎ捨てる。


〈スキル クマ〉

 顔と股間に、クマのぬいぐるみがぽすんと現れた。


 リオナがツッコむ。

「なにそのぬいぐるみ!? 戦う気ある!?」


 俺も無意識にツッコむ。

「戦うのにクマは邪魔だろう」


「……どっちもどっちだな」

 リオナがため息をついた。


 黒風人型が両腕を広げた。

 闇の波が一瞬で街路を飲み込む。

 俺は反射的に魔力を叩き込んだ。


封印結界(シールドバリア)


 地面から光の壁が立ち上がり、俺と黒風人型を完全に隔離する。

 街全体を守るための結界だ。

 中では、逃げ場も容赦もない。


「ここが、お前の終着点だ」


「終着点? 影は光の死を見届けてから眠る」


 黒風人型が指を鳴らす。

風刃(ウィンドカッター)


暗黒弾(ダークショット)


氷槍(アイスランス)


 三連撃が俺を襲う。


「速ぇな!」


反射結界(リフレクトバリア)


 俺は結界を展開。

 光の膜が弾け、闇の弾丸が逆流していく。

 空気が鳴動し、爆風が地面をえぐった。


 黒風人型が再び姿を現す。

 影が触手のように蠢き、俺の肩に絡みついた。

 皮膚が黒く染まり、灼けるような痛みが走る。


「……影が喰おうってのか。なら、食わせねぇよ!」


 俺は拳を握りしめた。

 光と闇が掌で渦を巻く。

 空間そのものがきしみ、地面が悲鳴を上げる。


暗黒物質(ダークマター)


 漆黒の球体が生まれ、結界内の全てを飲み込む。

 闇が闇を呑み、光が裂けた。


 黒風人型がもがく。

「これが……お前の闇か!」


 俺は歯を食いしばった。

「ああ、全部抱えて消し去る。それが俺のやり方だ!」


 轟音と共に光と影が爆ぜた。


 結界外ではリオナが剣を突き立て、吹き荒れる衝撃を耐えていた。

 「……あのバカ、ほんとにやりやがった!」


 風が止む。

 結界が静かに揺れ、内側で黒い靄が漂う。

 俺は息を荒げながら、手を上げた。


時空転移(タイムトランサー)


 光が地を走り、闇を包む。

 その瞬間、空間が割れた。


 視界が真白に染まり、神の空間が現れる。

 光の大地、雲の天井――そして神が腕を組んで立っている。


『……おぬし、また我の空間を汚すか』


「お前の責任だ。こいつに餌でもやって仲良くしてろ」


『なんと無礼な!』


「送り返したら焦げたパンをオマケに付けて送りつけるからな!」


 神が額を押さえ、深いため息をつく。

『やれやれ……まったく人間というものは、手に負えん』


 光がはじけ、俺は元の世界へ戻った。


 風が止んだ。

 黒い雲は消え、空が淡く晴れていく。

 街は瓦礫だらけだが、誰も死んでいなかった。


 リオナが駆け寄ってくる。

「あんた……よくやったわね」


 俺は息を吐く。

「もう脱がずに済む日が来るといいな」


「どうだかね」


 エルナが目を覚まし、ぽやっとした顔で言った。

「わたし、何が……あ、クマ……?」


「いいの。全部片付いたのよ、勇者様がね」

 リオナが笑った。


 歓声が広がり、人々が笑顔で泣いた。



 屋根裏の窓辺で、俺は静かに星を見上げていた。

 風は穏やかで、月が街を照らす。


『黒風を押し付けよったな』

 (ジジイ)の声が降りてくる。


『これで均衡は保たれたようじゃな』

 と言う(ジジイ)に、俺は首を振った。


「均衡なんて知らねぇ。あいつは人を脅かした。それだけだ」


『おぬし、まこと頑固な……』


「俺は俺のやり方で、この世界を歩く」


 窓の外で星が流れた。

 下からリオナの声が聞こえる。

「明日は服着たまま朝飯食べなさいよー!」


「そりゃ無理だな!」


 俺は笑い、風がそっと頬を撫でた。

 闇も光も消えた夜の街で、

 ようやく静かな風が、戻ってきた。


(第2章 完)

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