表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/92

第34話 闇が笑う路地

 朝の光が屋根裏の隙間から差し込む。

 俺はその光を頼りに、鉄皿の上に置いた魚をじっと見つめていた。


 服を着ていると魔法が使えない。

 だから、今朝の俺は全裸だ。


 右手の指先に小さな炎を灯す。

火球(ファイアボール)〉――ただし、威力は極小。


 焼き魚用、生活魔法の域。


「……これでよし、少し焦げ目を――」


 軋む音。階段から誰かが上がってくる。


「……あんた、朝から脱いで何してんの!?」

 リオナの声。寝起き特有のテンション高めだ。


「見て分からんか? 焼き魚だよ。魔法文明の利便性をなめるな」


「利便性の問題じゃないでしょ!? なんで服着ないのよ!」


「魔法発動条件。仕様だ」


 言いながら魚を返す。ジュッ、と音がしていい匂い。

 そこへ、もう一人。


「おはようございます、シゲ――」

 エルナが上がってきた瞬間、空気が止まった。

 真っ赤になった顔、震える唇。


「きゃあぁぁっ!? な、なぜ脱いでるんですかぁぁ!?」

 絶叫のあと、エルナはそのままバタンと倒れた。


「……はい、今朝も安定の気絶タイムですね」

 リオナが肩をすくめる。


「朝食のたびに救助活動か。これもこの世の日常ってやつか……」



 ギルドの扉をくぐると、いつも以上のざわめきだった。

 受付前でセリナが書類を抱えて走り回り、その隙間を縫ってマリアが地図を広げている。


「おはようございます、シゲルさん、リオナさん、エルナさん」

 マリアが手を止めて、きっちり頭を下げた。


「おはよう。……なんか騒がしくない?」


「市民から、“井戸の方で誰かに呼ばれる声がする”という報告が相次いでいるんです」


 地図には、赤い印がずらりと並んでいる。


「……全部、同じ方向だな」


「ええ、裏通りの古井戸です」


 リオナが腕を組んでため息をついた。

「前にも変なことが起きた場所じゃない。嫌な予感しかしないわ」


「黒風の名残か……せめて朝飯くらい落ち着いて食わせてくれ」


「朝から魚焼いてたでしょ」


「焼けた頃には騒動の予感だったんだよ」


 マリアが苦笑しながら地図を畳む。

「調査をお願いします。皆さんなら信頼できます」


「まかせろ。――できれば昼飯前に終わらせたいけどな」



 古井戸は、街の裏手。

 昼なのに薄暗く、風が一定方向に流れている。

 地面の小石がカラカラと転がり、空気が冷たい。


「ここだけ温度が違うな」

 俺が呟くと、エルナがそっと目を閉じて祈るような仕草をした。

 彼女は神聖魔法の使い手。探知系は使えないが、聖力の感応は鋭い。

「……感じます。闇の魔力です。井戸の底から――とても禍々しい波動を」


 風が止まる。次の瞬間、地面が鳴動した。


 井戸の口から黒い煙が吹き出し、やがて人影を形づくる。


「やはり……来たな」


 黒装束の男がゆっくりと姿を現した。

 シルエットは――俺に似ている。


「光の勇者……お前の影だ」


 低い声でそう言うと、そいつは衣を脱ぎ捨てた。

 一瞬で全裸に。


 そして――


〈スキル クマ〉

 ぽすん、と音がして、顔と股間にクマのぬいぐるみが出現。


「ぬ、ぬいぐるみ!?」

 リオナが素っ頓狂な声を上げた。


「戦う気あるの!?」


「お前の美学どうなってんだよ……」

 そうツッコむ俺の横で、エルナが真っ赤になった。


「ひゃっ……は、裸!? クマ!? ク、クマー!!」

 次の瞬間、気絶。

 バタリ。


「……もうお約束になってきたな」


 黒風人型は不気味に笑った。


「光がある限り、影は生まれる」


 その体が霧となって消える。

 風だけが残り、古井戸の中は再び静寂に包まれた。


「……消えたな」


「逃げた、のほうが正しいかも」

 リオナが剣を下ろす。


 倒れているエルナを抱えながら、俺はため息をついた。


「今回も寝てる間に全部終わったな」


「本人、これで納得してるのが逆にすごいわ」



 ギルドに戻ると、マリアとセリナが待っていた。


「光と影の均衡……古代語に似た言葉がありました」

 マリアが記録をめくる。


 リオナは顔を顰めながら言った。

「黒風が人の形を取ってるのなら、もう“自然現象”じゃないわね」


 エルナはまだ顔を真っ赤にしたまま。

「そ、それより……あの、クマ……」


「思い出さなくていい」

 俺は即答した。



 夜。屋根裏の窓辺で、俺は街の灯を見下ろしていた。


「……俺の影、か。なら照らしてやるさ」


 下からリオナの声。

「明日は服着たまま魚焼いてよ!」


「だから無理なんだって!」


 窓辺の棚に、昼間拾った小さなクマのぬいぐるみが置かれている。

 風が吹き抜け、ぬいぐるみの耳が揺れた。

 その笑顔が、闇の中でほんの少し――嗤った気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ