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第30話 風のあと静かな夜に

 黒風との戦いから一日が経った。

 街には、ようやく静けさが戻りつつあった。


 屋根の上には職人たちが並び、焦げた瓦を張り替えている。

 通りでは商人が壊れた屋台を修理し、子供たちが拾った釘を誇らしげに差し出していた。


 ギルドの前では、セリナが必死に指示を飛ばしている。

「通りは封鎖中です! 補給班、回収を急いで!」


 その隣で、マリアが冷静に地図を広げ、復旧班の配置をまとめていた。

 彼女の周りには疲れ切った冒険者たちが座り込み、それでも笑い合っていた。


 その光景を、俺は屋根裏の小窓からぼんやりと見下ろしていた。

 瓦が軋む音、釘を打つ音、子どもの笑い声。

 どこか懐かしい――地球の音に似ていた。


「やっと静かになったな……」

 俺の呟きに、風鈴のような声が返る。


「そうですね。まだ少し風が残ってますけど」

 エルナの声だった。


 彼女は朝から街の治療所を回って、負傷者を癒やしているらしい。

 窓を開けると、リオナが通りで住民と一緒に屋根を押さえていた。

 大きく手を振ってくる。あの金髪は、今日もやたら目立つ。



 夕方、ギルドに呼び出された。

 マリアが帳簿の山を整理しながら言う。

「報告をお願いします。黒風は……完全に消滅しましたか?」


「いや、たぶん……まだ残ってる」

 俺は小さく首を振った。


「結界の中で消滅したはずなのに、何か“見られてる”感じがした」


「見られてる?」

 マリアのペンが止まる。


「うん。風なのに、意志を感じるっていうか」


 俺の言葉に、エルナは神妙な顔になる。

「……やっぱり。あの風、完全に浄化できていません」


 彼女の瞳には迷いがなかった。


「わたし、これからも一緒に行動させてください。黒風のこと、もっと調べたいんです」


 リオナが腕を組んで苦笑する。

「ほんっと真面目ね。……でも助かるわ。三人の方がにぎやかだし」


「にぎやかって言い方、やめてくれ」

 俺はため息をついた。


 セリナが笑いながら報告書を受け取る。

「三人パーティー、正式登録しておきますね!」



 夕焼けを見ながらボロ家の屋根裏で洗濯物を干していると、下から元気な声が上がってきた。


「こちらでお世話になりますね!」

 エルナの声だ。


「家賃は折半だからね!」


 リオナ、相変わらずだな。


「……俺のプライベート、完全に消えたな」


 屋根裏がギシギシと鳴る。

 それでも、誰かの笑い声がある暮らしは、少しだけ悪くない。


 窓の外には星が瞬き、夜風が静かに流れていた。

 ふと、その風の中に、あの声が混じる。


『……おぬし、あれに“目”を見たか?』


 (ジジイ)の声だ。


「なんだよ、怖いこと言うなよ」


『風は去っても、目は閉じておらん……忘れるな』


「まったく、落ち着かせる気ゼロかよ」


 俺は空を見上げ、ゆっくり息を吐いた。


「……ま、なるようになるか」


 風がボロ屋の屋根を撫で、ミシミシと鳴らした。

 下の階から笑い声が聞こえる。

 俺はその音に耳を澄ませながら、目を閉じた。


――その風の向こうに、新たな日々が待っていることを、まだ俺は知らない。

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