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第29話 風の目と神の影

 昼下がりのギルドは、ざわめきと緊迫感に包まれていた。

 受付前の掲示板の紙が風に舞い、窓ガラスがガタガタと鳴っている。

 外では、何かが吹き荒れるような低い音――“唸り”が響いていた。


「街の南、水路跡で黒い風の発生を確認!」

 職員の一人が駆け込む。


 セリナが顔をしかめ、「また……」と呟いた。


 マリアが冷静な声で指示を飛ばす。

「周囲の住人は避難誘導を。上級冒険者は防衛線を展開させてください」


「はいっ! C級以上を現地へ!」


「リオナ、エルナ、シゲル――あなたたちも出動を」


 リオナが腰の剣に手を当て、短く答えた。

「了解。……行くよ、シゲル」


「おう」


 エルナは真剣な表情で頷き、「今度こそ、救えますように」と小さく祈った。



 水路跡に着くと、空が黒く渦を巻いていた。

 砂埃が舞い、石畳が鳴る。

 風はまるで呼吸しているかのようだった。


「これ……前の黒風よりも強いわ」


「街の中心まで来てるぞ、まずいな」


 エルナが祈りを捧げる。


「〈防御結界(ディフェンスバリア)〉」


 結界を展開。

 だが、風は結界を切り裂くようにして突き破った。


「きゃっ!」

 エルナの体が宙に浮き、地面に転がる。

 リオナが駆け寄った瞬間、エルナはふらりと倒れ込んだ。

「……目が、まわって……」

 そのまま、気を失った。


「エルナ、寝るな! 行ってシゲル!」


「任せろ!」

 俺は息を吸い込み、冷たい風の中で上着を脱いだ。

 ズボンも投げ捨て、全裸になる。

 全身を魔力が駆け巡り、地面の振動まで感じ取れるほど感覚が研ぎ澄まされる。


〈スキル モザイク〉

 顔と股間をモザイクが覆う。股間のモザイクは細かい。


封印結界(シールドバリア)


 地面から半透明の壁が立ち上がり、黒風を包み込んだ。

 だが、風の塊が内部で暴れ、壁がひび割れる。


「暴れすぎだっての……!」


 風が爆音を上げて膨れ上がる。

 周囲の屋根が吹き飛び、窓が砕けた。


「シゲル! 街中よ、無茶しないで!」


「退けねぇんだ! ここで止めなきゃ、また誰かやられる!」


 リオナの叫びが、風に飲まれた。


 俺は掌を組み、光を収束させる。

 白い風が結界の内側を吹き抜けた。


聖風浄陣(ピュリファイウィンド)


 だが、黒風はそれを飲み込み、逆に光を濁らせた。


「……浄化じゃ足りねぇか」


 心臓が鳴る。

 黒風が“何か”の意思を持つように動き、結界の内壁を叩く。


「――だったら、全力で抑え込むしかねぇ!」


 制御出来なければこの街、いや国すら破壊可能な魔法……。

 やってみせる!

重力崩壊(グラビティコラプス)


 大地が震え、光が歪む。

 地面が沈み、石畳が裂けた。

 世界が一点に吸い込まれる。


「……範囲を……黒風に……絞れ……!」


 汗が目に入り、視界が霞む。

 リオナの悲鳴が遠くで響く。


「やめなさいってば! 街が潰れるわよ!」


「だいじょう……ぶだ……!」


 次の瞬間、結界の内側が音もなく潰れた。

 黒い渦が、ひときわ鋭い悲鳴を上げて弾けた。


 静寂が訪れる。

 風は止まり、空は青を取り戻した。

 結界の跡には、うっすらと黒い線のような“影”が揺れていた。


 それはゆっくりと俺の顔をなぞるように動き、スッと消えた。


「……見てた。あいつ、俺を見てた」


「見てた? 風が?」


「いや……“誰か”だ」


「また変なこと言ってる」

 リオナは息をつき、眉を寄せた。



 ギルドに戻ると、混乱の渦だった。

 怪我人を運び込む者、避難指示を出す者、そして報告をまとめるマリアとセリナの姿。


「戻りました」


 俺たちの姿を見るなり、セリナが駆け寄る。

「無事だったんですね! 本当に……」


 マリアは無言で書類を束ね、俺を見る。

「黒風の消滅を確認しました。しかし――完全ではない、ですね?」


「……はい。消えたように見えたが、まだ“生きてる”感じがしました」


 マリアは目を細め、机の上に地図を広げる。

「黒風は南から北へ。発生の間隔が短くなっています。自然現象ではありません」


「……誰かが、意図的に?」


「あるいは、“何か”が呼んでいるのかもしれません」


 リオナがため息をついた。

「厄介ね……。でも、みんな無事でよかった」


「あの……わたし、また途中で寝て……」

 エルナはまだ少し顔を青くしながら、しゅんとしていた。


 リオナが肩をすくめる。

「寝てる間に全部片付いたわ」


「ま、またですか?」


「そうね」


「……すみません」


「気にすんな。おかげで安全だったしな」


 セリナが笑顔で声をかける。

「報告書、今回は少し長めですね! でも、皆さん本当にお疲れさまでした!」


「……できれば次は、もうちょい平和な依頼がいいな」

 俺は肩を落とした。



 屋根裏で横になり、天井を見上げる。

 風が窓を鳴らす音が、かすかに耳に届く。


『ほう……街中で超級魔法を使うとは、見事な胆力よの』


「無謀って言え。危うく街ごと潰すとこだったんだぞ」


『ふふ、それでもよく抑えた。おぬしがいなければ街は消えておった』


「黒風……あれ、やっぱお前のせいなんだろ」


『正確には、わしの力の“名残”じゃ。おぬしが来たことで、それが目覚めたのだ』


「……俺が原因ってことか」


『原因と結果の区別は難しい。観測者とは常に世界を変える存在じゃ』


「難しく言うな。……つまり面倒が続くってことか」


『恥をかきながら頑張るがよい。それもまた物語の華じゃ』


「うるせぇよ、(ジジイ)



 翌朝、瓦礫の片づけが進む街で、人々が笑いながら声を掛け合っていた。

 風は穏やかで、陽光が暖かい。


 屋根の上で俺は小さく呟いた。

「……世界が、俺を見てる気がする」


 リオナが声をかける。

「シゲル、パン半分こしよ!」


「おう、今行く!」


 春の風が頬を撫で、

 消えたはずの黒い線が、遠くの空で一瞬だけ揺れた気がした。


 ――異世界の春は、今日も静かに風を孕んでいた。

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